忘却の少女と世界戦争の日 Ⅰ
忘却の少女と世界戦争の日
―――ナタ
カータ―――
「カナタ。」
「…ん…」
声が聞こえる。
少女カナタはゆっくりと瞼を開けて辺りを寝転がりながら見渡す。
「…あ、ガデン…?」
目の前には大きな老竜の顔。
ガデンの顔が見えたカナタはまだ半分寝ていながらも、声を出す。
「すまないね、気持ちよさそうに寝ているところすまないが…空を見て欲しい。」
ガデンは上を見上げる。
カナタはガデンにつられて空を見上げる…するとそこには見たことも無い空が広がっていた。
「これは…何?」
その空は黒く澱んでおり、陽の光は雲に遮られていた。
明かにおかしい。雨はこの惑星では降ったことも無いし、そもそもこのような曇り空が出来上がることなど無い。
そして極めつけは雲の隙間から見える空の色は青でも灰色でもない。
とても不気味な紫色。
明かに異常事態だと分かった。
「カナタ、君はここに居る限りは安全だが、この惑星以外では大変なことが起きているようじゃ。」
ガデンは少し寂しそうな顔をしてカナタに言う。
「大変なこと…それって?」
カナタは事情を尋ねる。
「ウム、実はこの惑星の外には7つの世界が存在しておってな。それぞれの世界には神様が居るのじゃ。」
「神様…」
「ウム、そしてとある世界の神様は世界の悪い力を吸収し続けてしまいついには世界を全て滅ぼしかねないほどの邪神へと成長してしまっているのじゃ。」
「全てが…滅ぶって…!ここも危ないの?」
カナタはただごとじゃない様子に眠気は一気に取れて慌てている。
「大丈夫。この世界は全ての世界の理から外れた惑星…例え他の世界が消滅したとしてもここだけは残るじゃろう。だから君はここに居る限りは安全と言ったのはそれが答えじゃ。」
「…そう、なんだ…」
カナタは知らなかった。ここ以外の場所がそんなことになっているなんて。自分はここでのうのうと生きているが、他の場所では大変なことになっているんだと、カナタは動揺した。
「私たちに出来ることは無いの?」
カナタは問う。だがガデンは即答した。
「無い。」
「…そうか、ここは…全ての理から外れた場所、だもんね。」
ガデンは頷いた。そう、ここからは何も干渉できない。カナタとガデンが居るこの惑星はそういう場所だ。
小動物たちも何やら落ち着かない様子だ…中には怖がっている者も多くおり、不安そうだ。
「カナタ、儂はこれからこの惑星を守る為に少しばかり力を使う。故にしばらく儂は眠りにつく。」
「…それって、どういうことなの?」
「この惑星の空を見るがいい。多少のことであればこの惑星は影響を受けない。だが、今回は異常じゃ。きっと他の世界では…いいや、きっと全ての世界を巻き込むほどの大きな何かが起こっているのじゃろう。故に、この惑星にも悪い影響が出てきている。それがこの空に現れておるのだよ。」
ガデンは再び空を見上げてカナタに語る。
「…儂はこの惑星を守る為、しばらくの間力を使う。ここに居る動物たち、植物たち、そして何よりも君を守るためにな。」
「私にも…私にも手伝えることはないの?」
カナタはここまで聞いてしまってはもう何もしないわけにはいかない。だからカナタはガデンに必死に伝えるが、ガデンは首を横に振ってしまった。
「すまない。君には何も出来ない。」
「…そっか……」
カナタは酷く落ち込んだ。結局自分はこの惑星のいち住民でしかない。特別な力があるわけでもない。この惑星をなんとか出来るのはガデンしか居ないのだ。
「…ではカナタ、一つお願いをしよう。聞いてくれるかい?」
「うん。なんでも言って。」
カナタはガデンを真剣に見つめて言う。
「儂が再び起きるのを信じて待っていて欲しい。」
「…待っているだけでいいの?」
「そうとも。とても長い時間になる。きっと数年単位じゃろう。」
「…そんなに…そっか……」
ガデンはカナタの顔を見て言う。
「儂はな、カナタ。もうこの惑星で数えるのを辞める程長く、長くこの時を生きていた。」
「うん。」
「しかし、ここに迷い込む者は大体すぐに魂の流れに乗って還ってしまう。ここに残りたいなどというもの好きは君やアレンぐらいだった。」
「――儂はな、寂しかったのかもしれぬのだよ。現に儂はカナタ。君のことをとても気に入っている。」
ガデンはカナタの目を見て小さく呟いた。
「君はこの惑星で気ままに生きて、そして迷い込んだものを送り返したり、アレンの気持ちを決心させたり…君の存在は特異なものだ…そして君はとても素直で純粋だ。今もこうやって儂を心配してくれる、何とかしてあげたいと思ってくれている。これが嬉しいという気持ちなのだと。こんなことは初めてなのじゃ。」
ガデンは微笑んだ。
「儂は君と共にここで生きたいという希望を抱いてしまったんじゃ。」
「ガデン…」
「儂はこの惑星に迷い込んだものを還す者。だというのに儂はそれに反する気持ちを持ってしまった。儂は愚かなのかもれんな。だが、君が好きになってしまったんだよ儂は。」
ガデンは力のない声でカナタに言うが…
「ありがとう…でも愚かだなんて…そんなことないよ。」
カナタは首を横に振る。
「私は…嬉しいよ。私もガデンのこと大好きだから。ガデンが私のことを大切に思ってくれるの、凄く嬉しい。そう、上手く言えないけど…誰かを好きになったらそういう気持ちに…なってしまうんだと思う。」
カナタはガデンの顎に手を当てる。小さな手がガデンの大きな顔を撫でる。
「私、待ってるよ。だから、必ず起きてね。そして…起きたらさ、また一緒に過ごそうよ。私、それまでにお花の輪…もっと上手くなる。」
「…ありがとう、カナタ。君が待っててくれるならば…儂はきっと…頑張れる。」
ガデンはカナタの頭を撫で、微笑んだ。
そしてカナタは大きな木の前に立ち、力を放出した。
緑色の輝きが木をガデンを包んだ。
「ガデン!」
カナタが声を大きく出してガデンを呼ぶ。
「カナタ、ありがとう。決心がついた。儂は必ずこの惑星を。君を守る。だから、信じて待っていてくれ。」
「うん…待ってるから。私、絶対信じてる。」
カナタはぐっと涙をこらえる様に、身体を震わせて言う。
「ウム…では、少し行ってくる。」
「…いってらっしゃい…!」
緑の光はガデンと木を大きく光らせ、カナタはその眩しさに目を瞑る。
「…ガデン…」
カナタの目には涙が一滴。
―――
目を開けると、ガデンは居た場所には居なかった。
「…ガデン…!」
ガデンは大きな木と同化していたのだ。
木の幹がぐるぐると螺旋状に伸びており、そこに巻き付けられるようにガデンの身体が淡く緑色の光を発光させていた。
「…力を使ってるんだね。」
カナタは空を見上げる。
やがて空は曇り空からいつもの晴れ模様に変わっていく。
ガデンが力を使い、良くないものを排除して、その後はまた入ってこないように力を放出し続けているのだろう。
つまり、今この惑星外で起こっている問題が解決されない限りガデンは永遠にこのままであり、下手をすればガデンの力が底をつき、惑星ごと消えてしまうかもしれない。
「…信じるよ。私のことを受け入れてくれて。私のことを好きと言ってくれたガデン…私もあなたのこと、大好きだから。だから…待ってるからね。ガデン。」
長い留守番になりそうだ。
カナタは1人取り残されてしまった。
だが、ガデンは戦っている。だからカナタは何も出来ない代わりに、せめてガデンを信じようと心に強く決めた。
そして、今、惑星外で起こっていること。
それがのちに世界統合の始まりと言われた、世界統合戦争である。
この戦いは…数年の長い戦いだったと言われているが…
―――この惑星の時間は…他の世界とは違う時間の流れをしている。
実に向こうでの数年というのは…この惑星にとっては…実に10倍以上長いのだ。
3年ならばこの惑星は30年~40年程度の感覚だろう。
カナタはこれから何十年も、一人で過ごすことになるのだった。
時は流れ、流れていく…