忘却の竜と忘却の少女 ご奉仕の日
忘却の竜と忘却の少女 ご奉仕の日
少女は退屈な時間を過ごしていた。
毎日歩いて数分の惑星をぐるぐるとまわることもあれば、ずっと寝転がって空を眺めることもある。
誰かが迷い込んで来たらとても慌ただしくなるのだが、それはめったに無いことだ。
それに、少女は考えてしまう。
ぼーっと空を眺めたり、何も考えずに歩いていると過るのは自分の分からない正体や記憶に対する不安。
自分はここにずっといるが、ずっとここに居てもいいのか。
自分の行くべき道を決めてここを去って行ったアレンやガディのように、自分も…
そんなことを考えてしまう。
「…」
少女カナタは考える。あまり不安なことを考えないようにするにはどうしたらいいだろうと。
そんな時、カナタはここに暮らしていた忘却の竜、ガデンを見つめる。
「…どうしたね?顔に何かついているか?」
「あっ、ううん。何でも。」
カナタは慌てて顔を逸らす。
「退屈か?」
「うっ…うん…」
すっかり見透かされてしまっている。
「フム、何か物でも作ってみてはどうじゃ?」
「物?」
「そう。ここには花や木もある。それで何かを作ることが出来るかもしれん。人間のお主は手先が器用であるからな。」
ガデンはドラゴンだが、カナタは人間だ。小さなものを掴んで長いものなら結んだり、折ったり出来る。くくりつけたり…やり方は色々ありそうだ。
「…うん。考えとく。」
カナタはそう言うが、それよりもカナタはガデンに近づいた。
「何かね?」
「ガデン、私にあなたのこと手伝わせて欲しい。」
カナタはお手伝いを申し出た。
「どうしたのだね?急に。」
「私、ガデンにお世話になりっぱなし。恩返ししたいの。」
カナタはガデンを見つめて言う。
「カナタなりの暇つぶし…か。」
ガデンはそう呟くが、ガデンは首を横に振った。
「残念じゃが、何も手伝ってもらうことはありはしないよ。今はただここを眺めているだけさ。誰かが迷い込まぬ限り、この場所には働くことなどなにも無いのだよ。」
「…そっか…残念。」
カナタは時間つぶしも目的の一つではあったが、ガデンにはいつもお世話になっているから何かしたいという気持ちは前からあったのだ。
―――
「うーん…何か出来ることは無いかなぁ」
カナタは森を歩きながら考える。
いつものように小動物たちがカナタの周りに集まり、わいわいと遊び始める。
いつもならカナタも一緒になって遊んであげるのだが、今日のカナタはずっと悩んでいる。
小動物たちはカナタの顔を見て首をかしげる。
「―――あっ、ごめんね。ちょっと考え事してて。」
カナタは言っても分からないだろうけど、口に出して言いたかったので、呟いた。
「私ね、まだ記憶も戻らなくて…これからどうなるか分からないんだけど…でもね、私は今ここでガデンと一緒に、みんなと暮らしてて楽しいの。ちょっと退屈な日が多かったりはするけど…」
カナタは歩きながら呟き続ける。
「私がここに来られた偶然に感謝してるけど…私をここに置いてくれるガデンには一番感謝しているの。だから…ガデンの為に私が出来ることを探したい。」
カナタはそう言いながら、かつてアレンが居た小さな湖ぐらいの大きさの海へとたどり着いた。
「…私に出来ること…なんだろう。」
カナタは考えても思いつかない。うーんと頭を捻る。
目の前には湖。その周囲には小さな花が咲いている。
小動物たちや虫たちはその周囲に集まって、匂いをかいだり、蜜を吸ったりしている。
(…花…かぁ…良いよね。花。なんだか癒される。)
カナタは花をいくつか摘んだ。
「…」
カナタの手は自然と動いていた。花の茎を繋ぎ合わせ、小さな輪を作った。
「…これだ。」
カナタは花を摘み始めた。
これを贈り物に出来ればと考えたカナタ。
何も出来ないならば、感謝の気持ちと併せて何かを贈ろうと考えたのだ。
「ごめんね。借りるね。」
カナタは花をたくさん集めて大きな輪を作っていく。
しかし、その形は綺麗な円形にはならず、ぐにゃぐにゃに湾曲してしまっていた。
「…これは練習が必要…だね…」
でも、そのためには花がたくさん必要だ。あまり多く摘み過ぎると虫たちが困ってしまう。
カナタは贈り物のことは黙ったまま、ガデンに訊ねに行くことにした。
―――
「花を摘んでも大丈夫かって?」
「うん。」
カナタはガデンの元に行き、早速話を聞いていた。
「あぁ、構わんとも。摘まれた花は明日には生え代わっているだろう。ここはそういう場所じゃ。」
「そっか、ありがとうガデン。」
カナタはお礼を言い、走り出す。
「…フム、新しい暇つぶしを見つけたようじゃな。」
ガデンは微笑み、眠りについた。
ガデンへの感謝を伝えるための、カナタの一人ぼっちの大作戦が始まった。
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「うーん…」
カナタは花を使った輪の装飾品を作る為に悪戦苦闘していた。
「…難しいなぁ…」
どうしてもバランスが取れない。
花を増やそうとしても減らそうとしてもあまりパッとしない。
色々な色の花を組み合わせても、どうにもガデンには合わないような気がする。
そして何よりも、そこからリングを作ろうとするとどうしても形が歪になってしまう。
綺麗な円型にならず、少し楕円形のような感じになってしまう。
「…これは…私には早すぎたのかな…」
どうせなら綺麗なものを作ってプレゼントしたい。
カナタはその気持ちで一生懸命何度も何度も練習する。
その度に花を抜いてしまうため、次の日生えて来るとはいえ、少しだけ申し訳ない気持ちになっていた。
それでも、カナタは自分で作ったものをガデンにプレゼントしたい。
そして、感謝を伝えたいと思っていた。
(言葉だけならいつでも言える…でも、私は……)
言葉だけではない別のお礼をガデンにしたい。その気持ちでカナタは満ちていた。
だからこそ、時間をかけてもいい。少しでもいいものを。
カナタは毎日欠かさず練習した。
ガデンは何かを作る練習をしているということだけ知ってはいるが、全てを知ってしまうとカナタにも悪いと思い、森の中から静かに見守ることにしていた。
―――そしてそれから1週間。
「…今までで一番良い!」
ついに、今のカナタに出来るベストなものが出来上がった。
まだまだ完全なものではないかもしれないが、それでもカナタにとっては1週間の努力の結晶だ。
カナタは自然にこぼれた笑顔でガデンの元へ向かった。
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「ガデン。」
「カナタか。どうしたね?」
ガデンはなんとなくカナタが何かをくれるのだろうと思ってはいたが、それが何なのかは分からない。
「あの、ガデン。いつもありがとう。」
「?」
ガデンは首をかしげる。
「儂が何かしたかね?」
「えっと、色々、だよ。私が困ってる時にいつも助けてくれるのはガデンだし…私にとって頼れるのはガデンだけだし…えっと、その。」
カナタはいざとなると上手く言葉を伝えられずにタジタジだ。
だが、ガデンは微笑み、カナタに顔を近づける。
「手に持っている者を儂に渡したいんだね?」
「あっ、えっと、そう!」
カナタは顔を赤くして作った花の装飾品を渡した。
「これは…首にかける装飾品だね。綺麗な花だ。」
「うん、でもちょっと小さいかな…首には通せないかも…」
その輪はカナタなりのバランスで花が添えられており、菊だけなく木の枝も使っており、白やピンク、黄色などの明るめの色で統一された花が彩られている。
「そうだな…ではこれならどうかな?」
ガデンは輪を自身の右角に通した。
「あっ、ぴったり。」
「ウム、儂からは確認出来ぬな。海に行こうか。」
ガデンは海に向かって歩き出した。
カナタはそれを追いかけ、ガデンと並走して歩く。
気に入ってくれるかなとドキドキするカナタ。
ガデンは海に着き、水面から自身の姿を見る。
角に通された小さな輪を見てカナタは微笑んだ。
「可愛いね。儂にはもったいないぐらいだ。」
「そ、そうかな。」
「あぁ、嬉しいよ。儂は“贈り物”というものを初めて貰ったよ。ありがとう、カナタ。」
ガデンはカナタの顔を見て、微笑んだ。
「まだね、下手くそだからもっと上手くなるね。」
「下手なものか。とても上手だ。でも、これよりも綺麗なものが見られるのは楽しみだ。」
「うん、私、頑張るよ。」
カナタの大作戦は無事成功した。
日ごろの感謝を伝えられたカナタはとても嬉しい気持ちになった。
(昔、私は…こうやって誰かに贈り物を…したような気がする。思い出せないけど…いつかは思い出せる…よね。)
カナタはそんなことを思いながら、今日もこの惑星で生き続ける。
―――
そして…この惑星の外では…
(…!―――来たようだね。世界の変化が…そしてこれは…悪い意味で…だ。)
何か、良くないことが起ころうとしていた…
忘却の竜と忘却の少女 ご奉仕の日 END