忘却の少女と頭無き鎧の兵士 Ⅰ
忘却の少女と頭無き鎧の兵士
―――
その男の人は大切な人のため、大切な人と一緒に生きる為戦場に駆けだしたそうです。
しかし、その男の夢は叶うことはありませんでした。
所詮戦いで死んだたかが1人のこと。
悲しむ人はいたかもしれませんが、それでも彼の死は何の為にもならない、ただの…そう、何もない一般人のようなものなのです。
映画に出てくるごく普通の一般人。
目の前に現れた存在の強さを証明するためだけに大勢殺される人々の1人。
そう、その男の死とは、その程度の死だったのです。
「…」
「どうしたのかね?」
今日も1日が始まった。
カナタはぼんやりと空を眺めている。
「…ううん、こうやって何も考えずにぼーっとしてていいのかなぁって思った。」
カナタはすっと息を吐き、フゥと吐く。
呼吸するのも忘れそうになるほど、退屈で、静かで、何も無い時間。それがとても愛おしいと感じると同時に、少しだけ不安な気持ちになる。
「そうか。でも君には何か考えたいことがあるかね?」
忘却の竜、ガデンはカナタに尋ねた。
「…うーん……私の…正体とか?」
「ウム、なるほど。」
ガデンはカナタを見つめる。
「君は自分が何者かを知りたいか?」
「うーん…どうだろ…」
カナタは正直自分が何者なのか、何故ここに居るのか。
そういうことを考えることはあまりしない。何故なら、そこにあまり価値を感じないからなのかもしれない。
自分にとっては今の自分が全てであって、過去のことは今の自分には何も無い。
それに…
「ガデンは私が何者か知っているんでしょ?」
「まぁ…そうだね。知りたいかい?」
ガデンは尋ねるが、カナタはうーんと考え、10秒ほどして呟く。
「今はいいや。」
「そうか。」
カナタは知りたいとあまり思わなかった為、ガデンの誘いを断った。
「…今日は何かが起こりそうな気がするのう。」
ガデンは呟く。
「え?どうして分かるの?」
カナタはガデンに尋ねると、ガデンは自身の頭をツンツンとつつく。
「“カン”じゃ。」
「“カン”なんだ。」
「そう。」
カナタはガデンを見て首をかしげる。
しかしガデンはこの惑星の主。そして迷える魂たちを導く者。
きっと、ガデンの“カン”は当たるだろう。
ひゅうと大きな音がする。
「ホラ来た。」
「来たね…」
ガデンは小さく微笑み、カナタの頭を撫でた。
「行ってみるかい?」
「うーん…怖い人じゃないかなぁ」
これまであって来た小動物たちも、アレンも。皆優しかった。だが、優しい存在だけが来るとは限らないのではないかとカナタは考えた。
「あぁ、それはあり得ないよ。そういった悪しき存在であった場合、儂がとっくに送り返しているよ。」
ガデンはそう言い、「安心して行きなさい」と、カナタの背中を軽く叩く。
きっとガデンには悪しき者と判断できる何かがあるのだろう。
そして、それを行わなかったということは、先程降りてきた何かは悪いものではない。
そう判断しているのだ。
「儂はここからちゃんと見ている。」
ガデンはそう言い、カナタは何かが落ちてきた場所へと歩き出す。
カシャッと聞き慣れない音がして、やがてそれは静かになる。
木の間をかいくぐり、カナタが見たもの。
それは金属の塊のようだった。
(なんだろ…)
ガデンはそれが何なのか知っているのだろう。そして問題ないと判断している。ならば、ガデンを信じようとカナタは近づいてみる。
そろり、そろりと一歩ずつ。するとその金属が物凄い勢いでカシャッと金属音を立てて動き出した。
「…!」
驚き、後ろに後ずさるカナタ。そして、その金属の正体は…人。
鎧を来た人だ。しかし、明らかに違う点が1つ。
その鎧の人にはなんと、“頭部が無かった”のだ。
「あ、頭が無い…」
その明らかに異常な姿にカナタは驚きながらも、それでもガデンが招いたのだからと、恐る恐る声をかけた。
「あ、あの…大丈夫?」
カナタの声に鎧は身体を少し後ろに寄せ、そして手を動かして何かを伝えようとしている。
少なくとも襲ってくる感じでは無さそうだ。
「…あ、そうか。あなた…顔が無いから喋れないのね?」
カナタがそう尋ねると、鎧はうんうんと身体を縦に振った。
「そうかぁ…言葉が話せないと不便だよね…どうしよう。」
「その仕草で、何を伝えようとしているか分かるかい?」
後ろからガデンがのしのしと音を立てて歩いてきた。
「ガデン、どうしよう?」
カナタはガデンに助けを求める。鎧は手をパタパタと色々な方向に移動させながらなんとか言いたいことを伝えようと頑張ってくれているが、カナタには何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「フム…では字を書いてみてはどうじゃ?」
「それだ。」
カナタの言葉と同時に鎧は手をポンと叩き、「なるほど」の手をしてみせた。
「今のは分かった。」
カナタはそう言いつつ、木の枝を拾って鎧に渡す。
「文字、書ける?」
カナタがそう言い、鎧は頷いた。
「あっ、でも私…文字読めないかも…」
カナタがそう呟きながらも鎧は文字をがりがりと書き始める。
「ガデン、読める?」
「あぁ、読めるよ。」
ガデンが通訳を引き受けてくれた。
「フム…“私の名前はガディ。”」
「ガディさん。私はカナタ。こっちはガデン。」
カナタは自己紹介をし、ガデンも紹介する。
鎧は頷き、更に字を書き始めた。
不思議なものだ。声は発することは出来ないのに、目は見えていて、耳も聞こえるようだ。
頭が無いのに、何故声だけを発することが出来ないのか。しかし、そんなことを気にしていてもどうせ分からないのだ。カナタはとりあえずガディの伝えたいことを聞くことにした。
「“ここが何処なのかは分からないけれど、私はさっきまで戦っていた。”」
「戦い…」
「フム、戦争の世界の出身か。」
「戦争の世界?」
カナタはガデンに尋ねる。
「この世界の外には7つの世界があってね。その1つにそういう世界がある。彼はそこの出身のようじゃ。」
ガデンはカナタに言う。
「でもガディはどうしてここに?」
「さてな…だが1つ明確なのは…のう?カナタ。」
「うん。」
(ガディは死んだ)
そう、ここに迷い込むのは死んだ魂が何らかの理由で来ることだ。
つまりガディはもう死んでいる。
「“私は敵国の兵士に首を斬られて死んでしまったはずなのに、どうしてここにいるのだろう”」
ガデンの通訳に、そのままガデンは続けて答える。
「理由は分からぬが…この世界に迷い込む者は大体何かしらの事情、未練。そういったものを抱えていた者が多いのう。」
「未練…か…」
(私にも、そういうものがあったのかな)
カナタは記憶がない。だからどう死んだのかも、未練があったのかも分からない。
「“私はこれからどうしたらいいのでしょう”…か。」
ガデンはカナタを見る。
「このままここに残ることは出来る。ここで暮らすか、魂の流れに乗り世界の一部となり消えるかはお前さん次第じゃ。」
ガデンはそう言うが、鎧は考える仕草を見せる。
「…ねぇ、ガデン。私みたいに考える時間を与えてみようよ。」
カナタが提案する。
「それは構わぬよ。ガディもそれで良いか?」
ガデンはガディに問う。ガディは少し考えるが、こくりと頷いた。
「決まりじゃな。ではカナタよ。しばらくは彼と過ごすがいい。この惑星を案内してやってはどうじゃ?」
「…私で良いの?私はこの惑星の住民で…ガデンみたいに管理人じゃないのに。」
カナタは問う。カナタはこの惑星のただのいち住民。
ガデンのような管理人でもない。そんな存在が1人の魂の行く先を決めてしまうような役回りでいいのかと、カナタは考えたのだ。
「構わぬとも。君と関わることで彼の進む道が変ったとて、それは彼が決めたこと。君がそこまで深く考えることはないのだよ。アレンだってそうやって還っていったのだからね。」
ガデンはそう言い、元の場所へと歩いていってしまった。
「…えっと、じゃぁ…すぐ一周しちゃうけど…少し歩いてみようか。」
カナタはそう言い、歩き出す。
鎧はコクリと頷き、カナタと並走して歩き出す。
突然空から振ってきた頭の無い鎧。
不思議な不思議なガディとの時間が始まった…