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忘却の少女と魚になった竜 Ⅰ

忘却の少女と魚になった竜








かつて、ある世界には大きな、とても大きな空がありました。

その世界には、空しか無いと言われています。


雲の下には何があるのか誰も知らないのです。




そこで暮らす人にとっては、空が全て。

雲はすり抜けられる大地であり、寝るときも、食べるときも、全て空で行うのです。



でも、ある1匹の竜が問いました。


「この雲の下には何があるのだ?」







その竜は酷く罵倒されました

とても強い迫害にあいました




空こそがこの世界のすべて

それに疑問を抱くのはおかしい


お前は異端者だ

この世界には居てはいけない





竜は翼を撃ち抜かれ、雲の下へと落下していきました。



あぁ、雲の下には何があるのかやっと分かる



竜は喜びました。







落ちた先は、見たこともない感触。



これはなんだろう


辺りは青い、しかしどんどん暗くなっていく。

そして



息ができない。

命が尽きる…それが分かった。


しかし、竜はその景色を焼き付けました。






(なんて…美しいのだろう)




身動きが取れず、美しくも、呼吸すら奪う死の空がそこにはあった…が。

そこで動く生き物たちの姿があった





もし、もしも。

生まれ変われるのならばこの空で生きていられる生き物になりたい






竜はそう願い、その一生を終えたのです。




----------------------------------------






小鳥のさえずる音が聞こえる



朝だ。



「…ん…」




木漏れ日を浴びて目を覚ます人間の少女。



「おはよう、よく眠っていた。」


「あっ…そうか、私は…」






彼女は、この世界に迷い込んできた死者の魂。


記憶を失ったままやってきた少女は、ここで死を受け入れるか、ここに残るかを考えるかを考えるために残った。




ここは死者が魂の行き着く道から踏み外し、やってきた者を呼び寄せ、ここで暮らす老竜“ガデン”の力により、あるべき場所へと戻させる場所。


しかし、そのやってきた魂がこの世界で生きることを望むのならばここに残ることも可能だ。




「まだ寝ぼけているようだ。少し散歩してくると良い」


ガデンは少女に言う。


「…うん。そうする…」

少女はあくびをしながらゆっくりと起き上がり歩き出す。





この星は、非常に小さな星。

人間なら徒歩で10分程度で一周できてしまうぐらいの小さな星だ。



(…朝は小鳥がよく鳴くのね。)

小鳥のチュンチュンとさえずる音を聞きながら、少女は歩く。




歩きながら小動物たちが集まってくる。

昨日…少女がここにやって来た時、この星を案内してくれた小動物たちだ。

少女を気に入ったのか、時には肩に乗ってくることも。



少女は5分ほど歩くころにはすっかり眠気を覚ましていた。


「…そういえば…お腹は空かないけど…」

少女は自分の身体を見た。

そういえば昨日は何もせずに深く眠ってしまった。

なんだか体が気持ち悪いような気がした。



「…水浴びがしたいわ…」


少女は近くに流れていた小さな川から水を汲もうとした。


「…入れ物が無い…」


入れ物が無いのだ。

(…ガデンに相談してみようかなぁ…)



少女はガデンのところに戻ろうとした。


が…



「あっ、反対側に出ちゃった。」



ガデンの居る方角と反対を歩いてしまったようで、目の前には、湖ぐらいの大きさの海が広がる。



「…アレン、アレン。居る…?」




少女は名を呼んだ。


すると海から大きな魚影。


ザバッと水飛沫を散らせて大きなトビウオのような魚が姿を見せた。2mはある大きな魚は口を開いた。


「やぁ、おはよう。君がここに居るということは…戻らなかったんだね。魂の流れに。」


「おはようアレン…うん、私は…ここで私がどうするかの答えを見つけることにしたの…」

「そうか。まぁそれも一つの道。たくさん迷って、しっかりとした答えを決めると良い」



「うん…あっ、そうだアレン…私、少し水に入るの興味があるの。私を海の中へ連れて行ってくれるって…言ってたよね。」

「もちろんだとも。」


アレンは背を少女に向ける


「さ、乗りたまえ。」


「ありがとう」

少女はアレンの背に乗った。


「行くよ。」


アレンは少女を乗せたまま、海の中へと潜る。



(苦しくない…本当に息ができるんだ…)


―――


しばらくは濁った海で、あまり視界が良くなかったのだが、すぐにそれは消え…


「わぁ…」




少女も何処かで知っている、美しい海底が広がっていた。


「綺麗だろう?それにこの海は君たち人間には優しい水のようでね。塩の味も匂いもしないだろう?」

「あっ…そうだね。」


そうだ。海には塩がある。水浴びにはどう考えても向いてない。

少女はそこまで考えてはいなかったが、この海はどういうわけか、塩水ではないようだ。



「…すごい。私…多分だけどこんな景色は初めて。」




無数のサンゴ礁に隠れる魚たちや、優雅に泳ぐ魚たち。


日の明かりが海を美しく染め上げる。



「アレンさんはこの景色に憧れたんだね。」


「そう。私がこの海の景色を見たのは私の命が終わる直前のことだったんだ。」

「…そうなの…」


「あぁ、私が住んでいた世界はね。空が世界そのもので、空の下を知ることは禁じられていた。しかし私は下の世界の探求心を抑えられなかった。」



「…あっ…これって…」

少女の頭に何か映像が流れ込んだ。


「私の魔力を使って君に私の記憶を送っている。」

「…これは…」



そこに居たのは、アレンのドラゴンだった時の姿と、それを罵倒する多くのドラゴンたち。


やがて、空下へと落とされたアレンが海へと落ちる。

そこで見た風景は、まさに今この場所と同じような美しい景色。


(…おや、また妙な魂が流れてきたようだ。)



(…私は…)



その映像は、アレンがこの世界にやって来た時の記憶。

この時のアレンはまだドラゴンの姿であった。



(何か強い未練があったと見える。その想いが偶然この世界に引っ張られてきたのだろう。)

そして、アレンが迷い込んだのが、この世界。

老竜ガデンの元にやってきた。


(…私は…“あの空”で飛びたい。)


アレンは自身の竜の身体を恨めしく思った。

分かったのだ。“あの空”…そう。“海”で暮らすことは、この身体では不可能であることを。


(…フム……なるほど。お主はあの海で生きたいのか。)

(ウミ…?あれはウミと言うのか?)


(そう。あれは“海”)


(ウミ…海…私は…あそこで生きたい…あの美しい空で優雅に舞いたい…)




(ならば願うがよい。)

(願ったところで何も叶いはしない。今、死してなおも生まれ変わったらあそこで泳ぎたいと願った。だがどうだ。私の身体まだこの醜い竜のままだ…)


アレンは酷く自身を悲観する。



(ここは死後の世界。お主には生まれ変わる機会がある。願え。さすればお主は生まれ変わる。死してなおもこの世界で海という名の空へと羽ばたけるであろう。)


(…本当なのか…?私は…あの空へと…羽ばたけるのか?)

(やって見るがよい)




アレンは強く願った。


私はあの海という空へ羽ばたきたい。

この思いが叶うことを願って祈り続けた…




するとアレンの身体が光を帯びて姿を変えてゆく。


(なんと…!)


アレンの姿は、魚そのものへと変わっていた。

トビウオのような姿となり、アレンは驚いて背びれを大きく動かし、身体をしならせた。


(それがお主の望んだ姿。お主はここで生きることを望むのか。)

ガデンが言う。


(あぁ…私は…あの海で舞いたい…ただそれだけだ。だから……)











(私を“海”まで運んでくれないか…?)


(………よかろう…)




こうして私は魚になった。


私は一片の後悔もなかった。

ここで飛び込んだ海も、とても美しいものであった。


私はこの海という名の空へと羽ばたいた。



優雅に舞い、そしてその景色に惚れ込んだ。





なんてすばらしいのだろう。

なんて美しいのだろう。


私はこれからここで生きていくのだ。

私の魂は此処に在り。

もう死んでいようが私は此処にいる。





もう一度海ではなく、空へと羽ばたくことがあるとするならば…





それは、きっとこれから巡り合うかもしれない…誰かと…かもしれない。





「…これがあなたの記憶。あなたの世界の空も、そして海も…とても美しいわ。」



「そうだね、それでも私は空を嫌った。そしてこの海に恋をした。私はこの美しい海で生き続ける。ずっと、ずっと…」


アレンは、心から海を愛していた。

それほどまでに、死に際に見た海は美しかったのだろう。


「…アレンさん。」

「なんだい?あと、“さん”はいらないよ。」

「じゃ、アレン。」


「ん?」


「もう一度空を飛びたいと思ったことはあるの?」

少女は尋ねる。








忘却の少女と魚になった竜 ~続く~

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