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忘却の竜と全てを忘れた少女 Ⅰ

忘却の竜と全てを忘れた少女 Ⅰ






――





――――ここは何処だろう。


気が付いたら私はここに居た。


そこは風がひゅうと吹き抜けていく小さな平原だ。

すぐそばには深そうな森がある。




でもそんなことよりも、今は私のことが気になった。



私は、私が誰なのか分からない。

私はこんな恰好をしていたっけ。

私は何歳だろう。私はどんな生き物だったか。


何もかもが分からない。







ある日、平原に立っていた1人の少女はうつろな目で森を見た。


見た目は12歳ぐらいの女の子。

腕と襟にフリルがついた水色のワンピース。

背には白いリボン


金髪のポニーテールに、翠色の瞳。



「…」


ふらりと歩き出す少女。

行く先は森の中。

特に意味がなく向かったわけでは無い。

この平原の周りは全て森だったからだ。

まるで取り囲むかのように位置するこの平原。


気のせいか、歩く道が全て坂道で、まるで球体を回っているような感じだ。



少女は森に行くしか道が無く、森へと入って行った。






「…」


森の中は、とても煌びやかで美しいものだった。


小さな発光球が飛び交い、小さな小川が流れる。とても澄んだ綺麗な透明色。


小川には小さな小魚がゆらゆらと泳いでいる。


小鳥のせせらぎ、揺れる木々の音。


小さな小動物たちがこちらを見ている。

降り注ぐ木漏れ日。


とても幻想的な森で、少女の心はとても穏やかな気持ちになった。



「…綺麗…」


なんて素敵な場所だろう。

そんな美しい森の中を歩き続けること約3分。


更に深くなった森だが、光の球が辺りを照らす。

木漏れ日が届かなくなっても、周りが夜みたいでも、森は明るく照らされ続けている。



「…」

深く生い茂った木々をかぎ分けて、少女は大きな大木を見つけた。

それはどこまでも高く、空のずっと向こうまで続いてそうなぐらいとても大きな木。

不思議なものだ。


とても太く、太さだけでも20m以上はありそうなこの大きな大きな大木は、この世界に強く根付いている。


「……あれは…」


少女は大木の傍で、ようやく、同じ意志を持つ生命と呼べそうな生き物を発見した。

そこに眠るものは、全長4mぐらいだろうか。


頭は伸びきった色が抜け落ちた年老いた者の毛が力無く垂れる。

長く白いあごひげも力無く垂れている。

朽ちたボロボロの翼。所々欠けている色の抜け落ちた鱗。


顔に映るいくつものしわ…トカゲの顔。




あれは紛れもなく…竜だ。



大分年を取っているようだ。老竜という呼び名がふさわしい。


「…」

ふらりと接近する少女。

普通ならば、食べられるかもしれないと脅えるが、少女は何故か竜に近づいた。


悪意を感じないからか。それとも、何かの力が働いているのか。

それとも、その竜が出す、おだやかな雰囲気か…



「…大きい…」

少女はすぐそばまで近寄った。


「……生命の匂いがする。」

「!」

老竜は喋りだし、目を開けた。

力無く垂れる白い毛の間から見える、力の無いうつろな黄色い爬虫類の目。


「あ…その…」

少女はどうしていいか分からなくて戸惑った。


「…そう脅えなくても良い。お主、迷い子じゃな?」

老竜は少女に問いかけた。

「迷い…子…?」


「この世界にやって来た生命は皆、迷い子じゃ。お主は何故ここに来た?偶然か?それとも必然か?」

老竜は顔を少女に近づけて言う。


「わ、分かりません…」

少女は小さな声で言う。


「フム、記憶が無いのか。」

「ど、どうしてそれを…」


「分かるよ、そんな顔をしておる。そうか、お主の魂は何処かで欠け落ちてしまったのじゃな」

老竜は少女には理解できないままに言葉を進める。


「だが案ずるな。お主の行くべき場所に連れて行ってあげよう。」

老竜は手に光を帯び、それを少女に渡そうとする。


「ちょ、ちょっと待って…」

少女は慌ててそれを拒む。


「どうした、行くべき場所へ行きたくないのか?」

老竜は疑問を言う。


「あ、あの、行くべき場所って…それに…魂とか…何が何やら…」

困惑する少女を見て竜は、「ああ、なるほど」と、深く息をし、ふうっと息を吐いた。


「…おお、そうか。記憶が無いのじゃからな、教えてやらねばならなかったな。」


老竜はゆっくりと起き上がった。

少女約4人分の大きさの竜が少女を上から見下ろす。


「フム、ワシも長きにわたり、この世界に迷い込んだ生命を送り届けたが…このようなことは初めてじゃ。説明とは難しいものじゃ。」

老竜はすこしばかり考えた。


「…そうじゃの、まず、この世界のことをお話しよう。」







「この世界は、忘れられた世界」

「忘れられた…世界…」


「そう、世界の理から外れ、誰にも認知されなくなった忘却の星…ここは全ての世界の断片だとワシは考えている。」


「…そんなところに、どうして私は居るの?」

少女は問うた。


「お主はきっと、世界の理からどういうわけか外れ、生命の終わりを迎えた後、訪れる魂の通り道から抜け落ち、ここへ迷い込んだようじゃ。」


「魂って…ことは…」

「お主はもう生命としての活動を失っておる。つまり、お主は死んだのじゃ。」


「…そうなんだ…私はもう死んでいるのか…」


少女はもう故人だった。



生命の魂は魂の通り道を通って、あの世へ送られる。

ところが少女は何らかの原因不明の因子でそこから外れ、違う場所へ迷い込んでしまったようだ。


「世界のことはここまでにして…ワシの役目じゃが…ワシの役目はここに迷い込んだ生命を元の道へと返してやることなのじゃ。」

「でも…ここに居る魚や…小鳥や…小動物たち…そしてこの光は?」

少女の周囲には小さな球体の光が漂っている。


「この光は、世界の生命力、生命とは異なるもの。そしてここの生命たち…彼らはここに残ることを選んだ。だからここにおる。しかしここには何もない。じゃが、生命が生きるだけの生命力は満ち溢れておる。ここが理想の世界と考える生命は、ここへ居座るのじゃ。しかしお主のような人間や、ドラゴン、獣の人は皆、元の道へ戻りたがる。儂はそれらの望みをかなえるべく、元の道へ帰してやっているのじゃ。」


少女は完璧ではないが、理解した。



この世界に迷い込んだ自分は、理から外れたイレギュラーで、そして自分がもう故人であること。

この魂の行くべき場所は、魂の道だ。

でも少女には記憶が無い。


ただでさえ困惑しているのに、もはや何が正しいのかなんて分かるわけがなかった。


「…私は、その魂の道へ帰るべきなの?」

少女は問うた。


「それは、お主が決めることじゃ。迷うのであれば、しばらくここに居てもよいのじゃぞ。」

老竜は言う。

迷った生命には皆、こういう言い方をするらしいが、大抵の生命はそれを拒否し、魂の道へと帰って行くそうだ。


「…少し、時間を…ください。」

少女は言った。

自分の記憶があれば、自分も魂の道へ戻ったかもしれない。

でも、それすらもない少女はその選択をその場で決めることが出来なかった。



「ウム、ではじっくりと考えるがいい。お主の魂はここに居る限り、消えないことを保証しよう。ここには生命が生きる為の要素は揃っておる。」


老竜は手の光を収め、代わりに辺りを浮いている光の球を掴んだ。

それを力無い目だが優しい目をしてそれを見る。

そして少女を見つめた。


「しばし、答えを待とう。ではせっかくじゃからこの星を見て回っておいで。道案内は…ここの生き物たちがしてくれる。お主の足だと数十分もすれば…一周出来るじゃろう……」


老竜はそれだけ言い、再び目を閉じ、眠る姿勢となり、ぐうぐうといびきをかいて眠ってしまった。


木々をかき分けたせいで、ワンピースがすっかり傷んでしまった。

でも、少女はそんなことは気にせずに居た。




「あっ」


少女の周りに集まる小動物たち。

珍しい物を見るように眺める小動物たちは皆揃って少女を導こうとする。


(道案内って…こういうことなの…?)

少女は小動物たちと一緒に森の更に奥へと向かった…


少女と小動物たちの小さな観光がはじまった。



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