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忘却の少女 涙の夜

ガデンがもうすぐ目覚める。

そんな期待を抱いていたカナタだが、ある時不思議な夢を見る。

それは自分が失っていた記憶の夢だった。

夢の中では人間がドラゴンに乗って別のドラゴンと戦っていた。

その中でカナタは自分そっくりの少女、スファを見る。


戦っていた少年を気遣い悲しい顔を見せるスファ。


カナタは少年を見て不思議と嬉しい気持ちになった。その嬉しい正体は分からないまま目を覚ますカナタ。


またあと夢を見る時が来るのだろうか。

カナタはそんなことを考えながら、ガデンが目覚めるまでの時間を過ごしていたが……


次に訪れる新しい夢はそんなに遠くは無かった。




--------------------------------------




―――スファ。




(…ダウト。)





「!また…夢だ…!」


カナタは大きな丘の上に立っていた。

時刻は夜。空には星が無数に輝いていた。


「…これは…いつだろう。あれから経っているのかな。」


カナタは前の夢で居た自分そっくりの少女、スファと、気になっていた少年、ダウト、そしてその隣にはダウトと戦っていた半竜半機のドラゴン、ディオスが居た。


(スファ、風邪ヲ引く。ヨカゼに当たり過ぎるのハよくないト、アベル、言っテた。)

ディオスがつたない言葉でスファを気遣う。

(ありがとう、でも…見ておきたかった。これが…最後の夜空になるかもしれないから。)

(スファ!最後なんかじゃない!)

ダウトはスファの顔を見て言う。


(この世界は俺たちが救うんだ。そして…その後は…この世界で…一緒に暮らしたいんだ。お前と。)

ダウトは手を出す。

(スファ、俺は…俺は君が好きだ。)

(…ダウト…私、私は…人間じゃないんだよ。)


「え…」

スファの発言に驚いたのは誰でもない、この光景を夢として見ているカナタだ。

自分は人間ではない。


(…関係ないよ。確かにスファは…死竜だ。)

「死竜…ッ…頭が…痛い!」

その言葉にカナタは頭を抱えた。


「私は…人間じゃない…私は…死竜…?死竜って…なんだっけ…!」


混乱するカナタをよそに、スファたちの会話は続く。


(でも、君には人間の心もあるじゃないか。だから君は…ここまで俺たちと一緒に戦ってくれたんじゃないか!スファは…人間だよ。)

(ダウト…こんな私を…人間は受け入れてくれるの…?)

(受け入れられない人間もいるかもしれない。でも、世界中のみんながスファを受け入れられなくても…俺は、俺たちは絶対スファを受け入れるよ。)

ダウトは真剣な目でスファを見て、抱きしめた。


(…)

(スファ、必ず生き残って…一緒に暮らそう。ディオスもだ。この世界で1人で暮らすには…辛すぎる…)

ダウトの告白にスファとディオスは頷いた。

(ありがとう、ダウト。)


(スファ、ダウト、共に、戦オう。)

(うん、ありがとうディオス。)




「…私は……死竜…私は………ッ…」

カナタの視界が歪む。

舞台が変わるようだ。ぐにゃっと空間が歪む…そして次に見えた光景は夜空の上。

星を超えた宇宙と呼ばれる遥か空の上だった。


そこでは激しい戦いが繰り広げられていた。



―――




(グッ、オオオ…この我をここまで追い詰める…とは…!)


ダウト、スファ、そしてディオス、アベル、イーラ。

前の夢で見た3人と2匹が巨大で白と黒が混ざり合う神々しいドラゴンと死闘を繰り広げていた。


死竜が司る光と闇の力はすさまじいものだった。


世界を破滅させることなど容易いであろう力がダウトたちを襲う。

だが、ここまで戦いを積み重ねたダウトたちは善戦していた。


(俺たちは負けないぞ竜王ッ!この世界を…これ以上死竜の好き勝手にさせるものか!!)


(おのれ…!ディオスッ!イーラッ!貴様らも何故人間に味方をするッ!)


(生憎、わては面白いモンの味方や。あんさんと一緒に居るより、アベル達と居る方がごっつ楽しいわッ!それだけや!)

(オレは、ダウトと共にアル。オレは、知りたい。もっと人間ヲ、知りたイ。)


(愚かな…!!)


(愚かなのはあなたよ、竜王…人間はあなたなんかに屈しない。私たちは…あなたを倒して未来を掴むのよ。)


ダウトたちが優勢のようだ。だが、竜王は奥の手を使った。

(こうなれば…もうこの世界などいらぬッ!世界もろとも全て滅ぶがいい!)

竜王が持つ全ての力が集結する。これが放たれれば世界は死竜も人間ももろとも全て消し飛ぶだろう。


(いけない…!)

(スファ!)


スファは竜王の前に立ち、力を放出した。

(スファ!何を…!)


(ダウト、ごめんなさい。私たち死竜の責任は私たちで取るべきだから…)

(スファの言葉に同意すル。我々は今ここデ、使命を果たそウ。)


ディオスがスファを支える。

(スファ、良いのだナ。)

(うん。)

(わ、わても!)


(イーラはみんなをお願い。)

イーラもそこに立とうとするが、スファがそれを拒んだ。イーラにダウトとアベルを託し、スファとディオスは竜王の攻撃を食い止めるため、攻撃を続ける。


(スファ!ディオス!そんな…!約束しただろ!一緒に帰るって!一緒に暮らすって約束したじゃないかッ!!)


(…ごめんね。でも、あの時の言葉、今ならしっかり返せるよ…ダウト。私も…あなたが好き。愛してるわ。)


(ダウト、ここまデ世話にナッタ。アトは我々ニ任せて、お前ハ、平和ニ、生きてクれ。)

(ディオス…!!スファ!)


(滅ぶがいい!!)



竜王の放つ巨大なエネルギー波は空間を捻じ曲げた。

そんな力をスファとディオスは二人で抑え込んだ。


(ッ…アアアッ!!)

(…生命活動に支障アリ。最終防衛機能・発動準備。)



腕が、足が千切れるほどに力を集約させ、エネルギー波を食い止める。


(や、やめ…)


(ダウト、ありがとう。)

(元気デな。)


(馬鹿な…押され…!?グアアアーーーーーーッ!!)


全ての命を使い、エネルギー波は竜王に跳ね返り、竜王はそのエネルギー波に呑まれた。


そしてスファは跡形もなく消え、そしてディオスは部品だけが散らばり、その形を消滅させた。



(あ、あぁ…スファ…ディオス…!)

(馬鹿…馬鹿野郎!くそおおおっ!!)


絶望するダウトとアベル。

それを静かに見つめたイーラはダウトとアベルを抱えた。


(2人の死を無駄にしたらあかん。帰ろうや。)

(…ッ…)


大きな犠牲だった。世界は竜王の支配から解放されたのだ。

だが、煮え切らないダウトたち。


そして、この光景をずっと見ているカナタもまた、複雑だった。



「私は…私はこうやって死んだんだ…」


しかし、自分の記憶を見ているのならばここで記憶は途切れるはずだ。

だが、この夢には続きがあった。きっと自分自身の魂がまだこの世界を離れていないのだろう。



ダウトたちは干渉に浸っているが、奥から瓦礫が動く音がした


(!)


(オノレ…オノレ…まだだ…まだ…おわらぬ…ッ!)

竜王だ。致命傷を負っているが、生き延びていたのだ。


(…竜王ッ!!!)

ダウトは武器である剣を持ち、動けない竜王に剣を突き立てる。


(グアッ…!)

(お前を殺しても…スファもディオスも帰ってこないッ!だけど…だけど…2人の命を無駄にしない為にも…俺がお前を殺してやるッ!!!)


(グッ、ハハッ、ハハハハッ!その目…良いな…お前の闇を感じるぞ…フッハハ!本当の悪魔は…我ではないのかもしれぬなァッ!!!)

(黙れェッ!!!)


ダウトは何度も竜王を切りつけた。

(フハハ!良いぞ!もっと恨め!もっと苦しめッ!それがお前の抱える一生の後悔と絶望となる!ああ、楽しみだダウト!お前の闇が今度は世界を滅ぼすのだッ!!)

その言葉を最後に竜王は絶命した。


(…ハッ、ハッ、ハハッ、なんだそりゃ。知らない…そんなもの知るもんか…!ハッ、ハハハッ!!)

狂ったように笑うダウト。


(ダウト…!)

(…アカン…アベル。アイツ完全に狂っちまった…)


狂ったように笑うダウト。アベルはその姿を見て1つの結論を出そうとしていた。


(アッハハハ、スファが居ない世界なんて!アハハハハ!!)

涙を流しながらも高笑いを続けるダウト。


そこには確かに竜王が所有していた闇の力の片鱗を感じた。だからこそアベルは…


(ハハハハーーーハ…)


(…ごめん、ダウト。君を…第二の竜王にするわけには…いかないんだ。)

(…ア、ベ…ハッ、ハハッ)


力無く倒れるダウトの身体からは血がドクドクと流れる。

狙ったのは急所。ダウトはそのまま絶命してしまった。



(アベル、本当に良かったんか…?仲間…だっただろ?)

(…うん。でも…これで良いんだ。世界は…これで本当に救われた。あとはこの光と闇の力を誰にも知られないような世界の果てに封印すればいい。それで僕らの戦いは終わりだよ。)


(…なんや、寂しい終わり方やな。)

(こんなもんなんだよ…現実なんて…現実なんて…っ、うっ、うううっ…グスッ。)

(アベル…ようやったな。あんさんの罪、わても背負ったる。だから…泣くなや…)


「…あぁ、そうだ。ここで私は…絶望したんだ。」



カナタは記憶を思い出していた。目には涙が伝う。


「私が…私が好きだったダウトを…私が壊してしまったんだ。」

自分は世界を守る為、ダウトが生きる世界を守るために戦った。

そして…ダウトが生きていれば私は…それでいいと思っていた。でも、違った。


「私も…今、この場に生きていなきゃ…ダメだったんだ……私は…馬鹿だった。」










―――ごめんなさい。ダウト。


--------------------------------------




視界が黒くなったと思ったら今度は自分は何か研究所のような場所に居た。




自分の姿を見た。カナタの姿は人間の姿をしていなかった。これはドラゴンだ。私はドラゴンになっている。



(エグリマティアスの状態は?)



(順調です。人間個体“スファ”との同化も順調でございます。)


(よし…フフ、楽しみだ。人間と死竜を合成させ、人間に擬態して人間を狩る…我々が力だけの存在と思うなよ。)




「…これ、生まれからやり直してる?また、私は繰り返すの?もういい。もういいよ…もう…全部思い出したから…だから!!覚めてッ!!」




―――





「ああっ!!」


ガバッと勢いよく起き上がり、ハァハァと荒い息をするカナタ。

空はまだ暗い。身体が汗でびっしょりだ。


荒い息を深呼吸して整えるカナタ。


「…私は…」

カナタにしっかりと刻まれた生前の記憶。

カナタは人間ではない。そして…大好きだった人を狂わせたこと。


「私は…たくさん後悔して…ここに迷い込んだんだね。そして時々私が感じていた、誰かに優しくされた気がする…という気持ち、それは間違いなくあなたのものだった。」

カナタは俯いて、涙をこぼす。


「…私は…酷いことをしてしまったんだね……」



カナタは起き上がり、フラッと歩き出す。

向かう先はガデンが眠る場所。


独り言でも良い。カナタは…喋りたかったのだ。

小動物たちはあちこちで気持ちよさそうに眠っている。カナタはゆっくりと歩き、ガデンの眠る木に寄り添うように座った。


「ガデン、私…全部思い出したんだ。」



カナタは語りだす。



「私の名前は“スファ・エグリマティアス”。とある世界で空からやってきたドラゴン、死竜の1匹で、実験の被検体として人間と合成された。」


カナタは死竜と呼ばれるドラゴンだった。

人間には死竜には無い強い心の力があった。だからそれと力で軍配の上がる死竜を組み合わせたら最強の存在が出来ると死竜の科学者たちは考えた。


人間の形をした死竜として作られた。元々の姿は死竜今の姿は人間。魂は人間とドラゴンは半分こである。


「私はね…死竜の最終兵器として作られた。でも、私には人間の心があった。それは被検体のスファと呼ばれる人間のものだった。私は人間の心を理解する為に地上に降りた。そこで私は…ダウトとディオスに出会ったんだ。」


死竜に町も家族も奪われたダウトは、スファと同じ志を持った半竜半機の死竜、ディオス・ムエルテと契約し、死竜を操りし者となった。

人間の姿をした死竜ということで、最初は敵意を持たれていたスファだが、戦いの中でスファが人間を守ろうとしている姿を見て、ダウトはスファに心を開いた。


それからダウトは世界中で戦う中、新たな契約者、アベル・ミークと、その相棒の死竜、アフィリクシオン・イーラと出会った。



「とても長くて、辛くて、悲しい戦いだった。何度も死にかけたし、その度にみんなで支え合って戦い抜いた。でも…」


最後の戦いの話をカナタは語る。

自分が死んででもダウトを助けたい。

一緒に暮らしたいと告白してくれたダウトの為に命をかけたカナタ。そしてディオス。


だが、自分が、ディオスも…大事な存在が死んでしまったことでダウトは狂ってしまった。


そしてダウトは…闇の力に呑まれる前にアベルの手によって殺された。


「世界が救われた。そんな事実はあったかもしれない。だけど…何もかもが綺麗じゃなかった。私は…私が死んでもいいなんて思ったから…大好きな人を壊してしまった。私は…酷いんだ。」

カナタは涙を流す。

「こんな私なんて…ここに居る価値も無いんだよ…私を…今すぐ魂の道に還して…ガデン…お願い……」


カナタは自分のやってしまったことに押しつぶされてしまった。

「うっ…っ…ガデン…ガデン…」


涙を流し、ガデンの眠る木に言うカナタ。


そんな涙が木を伝い、その時木がほんのりと光を発した。

「…」



(カナタ。)


「…ガデン…ガデンなの?」

ガデンの声だ。


(カナタ、自分を責めてはいけない。)

「でも、私は、私の自己犠牲で…大事な人を傷つけたんだよ?私は…悪い子なんだよ?」

カナタは涙を流しながら言う。

(カナタ、君がそう思うのは分かる。だけど、自分のことを自分で傷付けてはいけない。そんな君を…君の大事な人たちは望むのか?)


「それは…」

(カナタ、大丈夫。君を大事に思ってくれた人たちは皆君のことが好きだった。迎えた結末は決して良いものではなかったかもしれないがね。だけど…君が生前過ごした人生は…辛いことが多かったかもしれないが、それと同じぐらい暖かかったこともあったのではないかね?)


「…」

カナタには確かに暖かいと感じた記憶があった。

生前、一緒に戦った仲間たち…ディオス、アベル、イーラ…そしてダウト。

みんなで支え合って、時には笑ったりもした。その時に感じた暖かい気持ちは…確かにある。


(君は消えて良いなんて思ってはいけない。君がここを離れる理由が…こんな悲しい理由であってはならないのだよ。)

「ガデン…私、私…!」

(カナタ。)


木が激しく光る。


眩しくて目を閉じるカナタ。光が収まった時、目の前に居たのはいつもの老竜の姿。

ガデンは目を覚ましたのだ。


「ガデン…!」


カナタは駆け寄り、ガデンの身体に飛びついた。


「カナタ、よく我慢して待っててくれたね。」


「ガデン…!ガデン…うあああああああああーーー!!」

カナタは声をあげて泣いた。

ガデンが戻ってきた。そして、カナタの悲しい気持ちに応えてくれた。


「カナタ、ありがとう。」

「私こそ、ありがとうだよ!」


美しい夜空の下、ガデンはカナタの元へと帰ってきた。


そしてカナタはガデンが帰ってきた喜び、そして自分の辛い記憶に絶望しないようにしてくれたガデンへの感謝で涙を流した。



--------------------------------------



そしてしばらくして…


「すっきりしたかい?」

「うん、ありがとう…ごめんね。」

「…良いのだよ。カナタ。」


ガデンはカナタの目を見る。


「君は、これからも…“ここで生きたいかい?”」


「…私は…まだ分からない。だけど…時間があるなら、考えたい。私がこれからどうしたいのか…記憶を思い出したうえでもう一度…考えたいの。」

カナタはそう言うが、ガデンはそこで頷くことをしなかった。

「…ガデン?」


「…カナタ、すまない。こんなことがあったばかりだというのに…君にこの話をしなければならない儂を許してくれ。」

ガデンは謝った。


「どうして、謝るの?話って…」




「…カナタ、もう…時間が無いのだよ。」

「…え?」







ひゅうと風が吹く。


それと一緒に周囲の木の葉が舞い散った。

その木の葉は緑色だったはずだが、なにやら暗い緑色をしており、まるで枯れてしまう手前のような色をしていたのだ。


「…カナタ、よく聞いて欲しい。」















「―――この惑星は…間もなく滅びてしまうのだ。」





「―――――――え?」



忘却の少女 涙の夜 END

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