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忘却の少女と世界の主神


―――鳥の鳴き声が聞こえる。


なんだか久しぶりに聞いた声のような気がした。

小動物たちの鳴き声もあちこちで聞こえ、楽しそうだった。



そうだ。また戻ってきたんだ。あの青い空が。





---------------------------------------



「…ッ…う、ん…」


陽の光に照らされて目を覚ます少女、カナタは寝ぼけながらも周囲を見渡す。



「…眩しい…」


起き上がり、大きく背伸びする。

「う~ん……」



カナタは空を見て大きく深呼吸した。

「…久しぶりの青い空…だね。」


昨日までこの小さな惑星は灰色の雲のようなもので覆われており、この惑星自体も危機を迎えていた。


この惑星の外にある世界が危機を迎えたことによる影響でこの惑星も危機に瀕していた。

だが、この惑星の主である老竜ガデンは自身の力を使い、惑星を守る為眠りについた。


この惑星に1人残された少女カナタはガデンが目覚めるのを待ち続けた。

その年数実に20年。


しかし、この惑星と外の世界の時間の流れは異なる。

ここでの20年は外の世界では2年程度なのだ。


つまり外で起こっている危機に対しては2年しかまだ経過していないことになる。


しかし、昨日この惑星は灰から青へ。元の活気を取り戻していた。

これは外の世界の危機が過ぎ去ったことを示唆しているのだとカナタは思っているが…




「…おはよ、ガデン。」


カナタはガデンの元へと足を運ぶ。

ガデンだけは変わらない。

木と同化するように眠るその姿は20年前から何も変わっていない。




そう、ガデンはまだ目覚めないのだ。


惑星の危機が去ったとしても、ガデンは依然変わらず眠り続けている。

これだけが不安要素である。


この惑星はカナタの涙に呼応するようにその活気を取り戻した。

ガデンが意識的に何かを引き起こしたのかもしれない。

つまりこれは、まだ世界の危機は脱してはいないが、ガデンが悲しむカナタの為に無理に力を使ったのではないか。

カナタはそう考えてしまった。



浮かない顔をしてしまう。ガデンが自分の為にやってくれたことかもしれないのに、カナタは1晩経って感じ始めたことで、あまりすっきりしてはいなかった。


「…ガデン…」


ガデンが目覚めない。

これは何を意味しているのか。惑星そのものはまだ安定していないのかもしれない。

ガデンが眠った理由はこの惑星の外から送られるよくないものから守る為。

そのガデンが目を覚まさないと言うことは…そういうことなのかもしれない。


「…また来るね。」


カナタはそれから毎日のようにガデンと惑星の様子を見て回りながら、いつも通り過ごした。

時々花を摘んで装飾品を作ったり、小動物たちと遊んだり…20年間やってきたこととあまり変わらない暮らしを続けた。




そんな何も変わらない時間を過ごして数か月。

ようやく変化が訪れたのだった。




---------------------------------------




「…もしもし、聞こえるかい?」



「…」



「もしも~し。」



「…ハ…!」

知らない声。


カナタはガバッと起きる。

時刻は深夜。

空は綺麗な星空が輝いている。実体化した魔力の球体が輝き舞っている中、カナタの目の前にはひときわ大きな球体がいた。


「声、あなた?」

カナタは尋ねる。


「うん、気が付いてくれてありがとう。」


「…あなたは…誰?」

カナタの前に現れた何か。

少しばかり警戒しつつも、何か悪いものではないような気がした。この球体はとても暖かさが伝わってくる。


「僕は外の世界の主神…って感じかな。」

「神様…なの?」

「うん。とはいえ、僕の持っている力なんてたかが知れているんだけどね。あはは。」


外の世界の主神だと名乗るその声はどこか少年のような声をしている。


「…神様が…こんな場所に何か用なの?」

「君の大事な友達から伝言を預かっているんだ。そして、今外で起こっていることを知って欲しいっていうのもあるし…この惑星がそもそも何なのか…ってところもね。」

「…友達…ガデンのこと?」


「うん。」

「ガデンからの…伝言…!」

カナタは一気に目が覚めたようだった。

目の前にいる主神と名乗る存在に関してはどうでもよくなるような話だ。



「ガデンは…何て?」


「その前にまず今外で起こっていること、そしてこの惑星のことについて話したいかな。その後の方がきっとしっくりくるよ。」

「…わ、分かった。聞く。」

正直、惑星のこと、外のことなどどうでもよかったカナタ。

だが、ガデンのことを聞けるならそれも聞こうとカナタは決めた。



「君は今外で何が起こっているかを知っている?」


「…悪い神様が世界を壊そうとしてるって。だからガデンはその悪い影響からここを守るために眠りについている。」

「うん、そうだね。」


その話は真実のようだ。カナタは外の世界で起こったことでガデンが眠っていることを知っているからこそ外の世界にはあまりいい印象を持てない。


「まず外の世界で起こっている問題だけど…これはもう大丈夫。7つの世界は1つに統合され、新しい世界“シンセライズ”が誕生した。」

「…シンセライズ…」


「うん、悪い神様も僕たちが助けた。これからはみんなで手を取り合って1つの世界を守り続けることになるだろう。」

「…戦いは終わったんだ…でも、ガデンは目覚めない…」


「ガデンは目覚めるのに必要な力を回復させている。もう少し時間がかかるだろうね。」

「じゃぁ、いつか目覚めるの!?」

「う、うん、君にとっては長い時間になってしまうかもしれないけどね。」

主神にカナタは食いつくように尋ねる。


「いつ?ガデンはいつ起きるの?」

「…この惑星の時間軸で考えたら…あと10年ぐらいかな…」

「……10年…」


この20年は本当に寂しい時間だった。

半分とはいえ、10年でも寂しかった。だが、それをまた過ごさなくてはならないのかと、カナタはため息が出そうになった。


「でもガデンは君とまたお話しできることを楽しみにしているからね。」

「…」


主神は一呼吸おいて…

「さて、カナタ。この惑星がそもそも何なのか知っているかい?」

「…死んだ人が迷い込む場所…って聞いてる。ガデンがそれをちゃんとした魂の道に送り返したりしているって…」


「正解。でもね、僕たち神々の世界創造の計画にはこの惑星は存在しなかった。」

主神は言う。カナタは首を傾げた。


「そもそも、僕がこの惑星に気が付いたのもつい最近のことさ。それだけこの惑星は小さくてか弱い。」


主神は語る。

「この世界が7つである前にもこの世界は何度も崩壊と再生を繰り返していてね。何処かのタイミングで崩壊した世界の断片…として生き残ったのがこの惑星…と考えるのが自然かなと思うんだ。」


「…じゃぁガデンは?」

「ガデンは世界の断片にたまたま居た存在だったんだろうね。そしてガデンはその世界と同化するように主となり、この惑星を今もずっと守り続けている。そしてこの惑星は…僕の居る世界と、死んだ魂が還る場所の中間に位置している。だから稀にここに迷い込む者が居た。それをガデンは送り返したりしていた…ということだね。」


「…ガデンはずっとこの惑星で…途方もない時間を生きてきたんだね。」

「そうだね。ガデンはずっと迷い込んだ魂たちを正しい場所に戻してきた。僕たちの知らない間にガデンは僕たちの世界の仕組みの手助けをしてくれていた…ということになるね。」

「…そしてカナタ、君もまた死してこの世界に迷い込んだ稀有な存在だ。しかもそれだけじゃない。君はガデンと一緒に迷い込んだ魂の選択を見守り、そして手助けをしてくれた。君もまた…この世界には無くてはならない存在になってしまったね。」


「私が…?私はそんなんじゃないよ。だって、力を使っているのは私じゃない。」

「ううん、君が出会ってきた人たちがどうしたいか。それを選択させたのは君だよ。」


出会ってきた者たち…アレンやガディ。

確かに彼らはカナタと関わってどうするべきかを選択して、それぞれ魂の道へと還っていった。



そして…主神は、重い言葉を投げることになる。


「君なら…“ガデンの代わり”にこの世界の管理者になれるかもしれないね。」


「…代わり…?代わりってどういうこと?」


「カナタ、僕はこれから君に辛い選択をさせなければならない。すぐに決めることではない。でも、いつかはその時が来るんだ。だから…」

「…」




―――







――――――







「…そう…そうなんだ…」


「これは“いずれくるであろう選択”だ。カナタ、どんな決断をしてもきっと…ここの生き物たちは分かってくれるよ。だから…君が決めるんだ。」

「…分かった。考えてみる。」


「うん、強い子だね。」



カナタは主神から何かを選択を迫られたようだ。

しかし、それが何なのかはカナタと主神、そしてガデンしか知らない。

カナタはこれからそれに向き合っていくことになるようだ。


「…おっと、そろそろ僕は行かなければ。」

主神の光が弱まっていく。


「行ってしまうの?」

「ごめんね、これから僕は新しい世界をみんなと見ていかないといけないんだ。でも、君にちょっとだけ退屈しない力を与えてあげる。」


主神はカナタの額に光を当てた。


「…!」


カナタの目には、見たことのない光景が広がっていた。

何処までも広がる青い空と美しい草原、山、海。


「これは…!」


「これはね、僕たちの世界“シンセライズ”さ。生まれたてホヤホヤなんだよ。」

「…広い…これが世界なんだ。」

カナタは見たことのない世界を見て驚きを隠せずに少しだけ、小さく微笑んだ。


「君もかつてはこんな広い世界に住んでいたんだよ。カナタ。」

「私も…?」


「そうだよ、君は記憶が無いんだったよね。僕が君の記憶を思い出させてあげても良いけど…君はそれを望んではいないみたいだね。」


「うん、私は…今はまだ…思い出さなくても良いかなって思ってる。」

「そうか。でも君はそのうち思い出すことになるかもしれないね。その時は…決して今の自分を見失ってはいけないよ。」

「…うん。」

その言葉には何か含みがありそうだったが、カナタは頷いた。



「さて、君にはシンセライズを覗くことが出来る目を与えた。退屈なときは僕らの世界を眺めにおいで。そこには楽しいことばかりじゃないものもあると思うけど…それでも、世界中のみんなが生きる姿を見ることが出来るからね。きっといい刺激になると思うよ。」


「…分かった。ありがとう。」


「…ごめんね。カナタ。君に選択を迫らせてしまって。」

「ううん、良いの。それより…来てくれてありがとう。私を見つけてくれて…ありがとう。寂しかったから…」


「カナタ、きっとまた会える。君が“ここにいる限り”ね。」


「うん。さようなら。」

「さよなら、カナタ。」


主神はそう言い、姿を消した。


いつものように小鳥や小動物の鳴き声が聞こえるいつもの惑星だ。

カナタは夢でも見たのかと思っていたが、少し目を瞑り、意識を集中させると…


「…うん、見える。」

違う世界の様子を見ることが出来た。

「…まぁ…退屈凌ぎにはなりそう…かな。」

カナタはそう言いながら歩く。

行先はガデンの所だ。



森の奥、眠るガデンに手を当てるカナタ。


「ガデン、私…ちゃんと考えるからね。だから…もう一度…あなたの声、聴かせてね。」


カナタはガデンの傍に寄り添った。


カナタが主神から聞いた“いずれくるであろう選択”とはいったいなんなのか。



抱えながらも、時は再び流れる。







実に10年の時間がまた、流れることになった。


忘却の少女と世界の主神 END

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