忘却の少女と世界戦争の日 Ⅱ
不思議なもので、あれから1日が流れるのがとても速く感じていた。
ガデンが居なくなってから何年経っただろう。
数えるのはとっくにやめていたけど、それを確かめる術はない。
世界統合戦争。
この惑星の外には7つの世界が存在し、今その世界が危機に瀕している。
その影響がこの惑星にも及んでいるということでこの惑星の管理者であるガデンは自分の力を使いこの惑星を守るために眠りについた。
世界統合戦争が終わったのかどうかも分からないが、この惑星が安定するまで目を覚ますことは無いだろう。
何年、何十年とかかるかもしれないと聞かされていたカナタ。
カナタは信じて待っていて欲しいとガデンに言われていた。だから何年でも、何十年でも待つつもりでいた。
空は暗く澱んでいる。
あの時からずっとそうだ。空の色はずっと灰色で、もうしばらく青い空を見ていない。
ここに住む動物たちも元気をなくしてしまっているのか、前はあれだけカナタについてきていたのに今はそれぞれのねぐらで大人しくしているようだ。
「…今日も、変わらない。」
毎朝、空と、眠るガデンを見ることが日課になっていた。
毎日出る言葉は“今日も、変わらない”。
そう。いつまでも、空も、ガデンも…何も変わらないのだ。この言葉が日課になってどのぐらいの年月が経っただろう。
そして、カナタ自身の身体にも変化はない。
カナタのような人間は時間が経てば大きくなって大人になる。だがカナタには何も変化がない。
カナタはもう死んでいる存在だから成長しないのか、それともカナタが何か特別なのか。
ガデンならば何か知っているかもしれないが、ガデンは眠っている。
「…あなたに聞きたいことがたくさんあるよ。ガデン。」
こうやって何かを聞いて会話をすることも出来ないカナタはやがてひとり言も言わなくなり、静かに口を閉じる。
動物たちも閉じこもってしまい、会話も出来ない。
これは“退屈”?
いいや、“寂しい”だ。
(私は…これからあとどれだけの時間、1人で過ごせばいいんだろう。)
カナタは胸をぎゅっと締め付けた。
今まで感じたことのない不安な気持ち。寂しい気持ち。
その気持ちで胸が潰されてしまうようだった。
時折、湖に来ては呟く。
「…アレン…ガディ…私はいつまで待っていればいいのかな。」
もうここには居ない送り出した者たちを思い浮かべながら…
時には花で装飾品を作りながら、カナタは曇天の元、惑星で過ごし続けた。
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何も身につかない。何もする気にならない。
カナタは把握はしていないが、あれから20年の時間が流れていた。
しかし、この惑星の時間の流れは異なる。
ここでの20年は、外の世界では2年程度だ。
世界全てを巻き込む大戦争が2年程度の時間で終わるとは考えにくい。
そもそも、ガデンが守り切れなかったらこの惑星自体が終わってしまう。
カナタの胸にあるのは寂しさだけではない。怖いという気持ちもあるのだ。
カナタはやがて、ボーッとしているだけの日が増えてきた。
何かをしようとしてもすぐに飽きてしまう。
無気力な日々が続く…
そんな時、惑星に小さな変化があった。
ボーッと惑星を歩いていると、違和感に気が付いたのだ。
それは、いつも歩いている時にふわふわと漂っている丸い球体のようなものが減っているということだった。
これは昔ガデンに魔力の塊だと聞いたことがある。
この惑星は密度が低い分、自然に生成される魔力が溜まりやすく、高濃度なのだと。
そしてそれは本来肉眼では見えることのない魔力というものを見ることが出来るというものだった。
「…魔力が…減っている…?」
不穏にしか感じなかった。
「…あっ…」
小動物たちの姿が無い。
前々から木の上などで元気がないのか、眠っていた動物たちが居ないのだ。
カナタは穏やかではいられなかった。
何かがおかしい。ここにきて何か惑星に変化が生まれている。しかもそれはどう考えても悪い方向にだ。
カナタは森の奥へと足を踏み込んだ。
「…いた。」
動物たちは森の奥で集まっていた。
「ど、どうしたの?みんなして…」
動物たちは悲しそうな声で鳴きだした。
「…何か言ってるけど…でも、なんとなく良くないんだってのは…分かる。」
カナタは放っては置けず、走り出す。
向かう先はガデンの眠る大木だ。
「ガデン…!」
走って数分、カナタはガデンの元に辿り着くが、そこではいつもと違う光景がカナタの目に現れていた。
「…木が…木が枯れかかっている…」
緑に満ちていた大木の葉の色が茶色に染まっていた。
葉がたくさん散っていき、地面に力無く落ちていく。
「…ガデン…危ないんだよね。私は…どうして何も出来ないの…」
心が折れかかっているカナタはこの光景を見ていよいよ限界を感じていたが、ガデンは待っていて欲しいと言った。
「…ガデン、信じてれば帰ってくるんだよね…信じてもいいんだよね…」
カナタはガデンに触れる。
涙を流し、ガデンの身体に顔を当てて祈るカナタ。
「お願い…私から…ガデンを奪わないで。私、1人は嫌だよ…ッ…」
1人、ガデンに触れながら涙をこぼすカナタに…
「…みんな…」
動物たちが集まってきた。
皆がガデンに寄り添っている。
「…ガデン、あなたを待ってるのは…私だけじゃないんだよ。あなたが戦っているなら…私たちも…戦うよ。」
カナタは祈ることしか出来ないが…その言葉を想いを伝えることは出来る。
カナタは願った。
お願い、ガデン…負けないで。
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声が聞こえる。
これは…カナタか?
カナタの声が聞こえる。
わずかだが…他の動物たちの鳴き声も聞こえる。
どれぐらいの時間が経っただろうか。
儂にとっては大した時間ではない。だが、カナタは…違う。
あの子はきっと心を閉ざしてしまいそうなほど長い年月を待ち続けてくれているだろう。
あと、もう少しなのだ。
もう少し。
戦いは…終わる。
ほら、見てごらん。カナタ…空が…晴れるぞ。
―――
「…ッ…あっ…!」
空の色が変わっていく。
曇天の空が青く染まっていく。
雲が晴れ、穏やかな光に森が包まれていく。
魔力も溢れ出てきて、世界は昔のような輝きを取り戻していく。
「あぁ…懐かしいね。ガデン…」
カナタはガデンに抱き着く。
「…ガデン…元に戻っても…あなたはまだ起きてくれないんだね。」
ガデンは眠ったままだった。
だが、大木の葉は息を吹き返すように緑に戻って行く。
どうやら世界は安定に向かって歩き出したようだ。
「…もうすぐ…また会えるよね。ガデン。」
カナタはガデンに抱き着いたまま、微笑んだ。
世界は安定に向かっている。
きっと、世界戦争は終わりを迎えたのだろう。
そして…
世界は新しく生まれ変わる。
この惑星から遠く離れた7つの世界は1つになった。
全ての神々は手を取り合って1つの世界を再生したのだ。
しかし、カナタの住むこの惑星には何も影響は無い。ここはいつまでも生と死の狭間にある小さな小さな惑星なのだ。
「…ねぇ、神様。ガデンは…帰ってくるよね。私たちを置いて行かないよね。」
カナタは遠くの神様に願った。
どうか、この惑星が20年前のあの時のように、何も無いけど楽しくて愛おしいものであり続け…ガデンというこの惑星の守護者が戻るその時が訪れますようにと。
―――世界は統合された。
これが新しい世界“シンセライズ”の始まりの瞬間だった。
カナタはこれからも何も無いこの小さな惑星で待ち続ける。
ガデンの目覚めるその時まで。
忘却の少女と世界戦争の日 END




