魔法奪奪 Ⅺ
逆さまの宮――学園室
学園長机に座る、学園長。学園長の正面に立って、その机を、バンッ! と叩き、凄む、眼鏡をくいっと直す、細く、尖った細い顔のひょろっとした男。
「学園長! あんたんとこの弟子が暴走しました。この意味、わかりますよね?」
バサッと背のあずき色のローブが、重力に従って下に降りるまでに掛かったその時間の長さ。その男の怒りの程を現しているかのよう。
「落ち着き給えよ。用務員君。わたしは君を糾弾していないだろう?」
「落ち着いてなんていられますか! 破壊だけならまだいいです。ですがよりによって、魔力汚染。しかも、闇! 命削らないと除染すら儘らなないって想定、以前言いましたよね!」
「汚いねぇ。ツバ、跳んだよ?」
「あんたが飛ばさせたんでしょうがっ! 全く、分かってるんですか! 王子に何て報告すりゃいいんですか! 魔女災害なんて!」
「別に珍しいことじゃあないよ? ここでは。それにさ。用務員君。まだ、魔女災害は成立していないじゃあないか」
「何を仰…―むぐぅ……」
立ち上がった学園長に、その男に唇は、指で縦に抑えられた。
「未だ、異界は形成されていないのだから。魔女を中心とした、制御不能の異界の発生。それこそが、魔女災害の成立条件さ。だから未だ、ゲートを通って、そちらの世界に影響が出ることは無いと保証するよ」
そう言って、学園長は指先を放す。
男の前から学園長の姿が消える。男は慌てて周囲を見渡す。そして、
「ちょっと様子を見てくるよ。どうせ大丈夫だろうけどね。それと、君の懸念は杞憂だよ。王子は、この学園の卒業者だからね」
そんな風に、学園長室に、声だけが響いていた。
光の爆心地。
そこにただ二人立つ、闇の靄を纏った青藍とその指先から伸びた闇の鎖で首をしっかり抑えられた菩提。
「沙羅はもう落ちてしまったようだね。情けない。ライトとは違って根性無しなものだよ。気概さえあれば立っていられる程度に加減してあげていたっていうのに」
「彼と比べるのはあんまりもあんまりだよ。彼と比べたら誰もが弱い。恐ろしかったよ。消滅しないと分かっていたって、復活が保証されているからといって、死の痛みも苦しみも、免除される訳ではないというのに。自爆なんてものを何度もやってしまえるんだから」
ガシッ、ジリリッ!
「ぐぅ……」
「しおらしくしろ! 悔い改めろ! ほら、謝れよ!」
「申し訳……ない……」
「違う! ボクにじゃあないだろうが!」
ブゥンンッ!
ドゴォンンンンン! ダンッ! ドサッ! ジリッ!
「ごっ、ゲホッ! がっ……! ……」
地面にひれ伏した菩提の顎を、青藍の手が、掴み、持ち上げる。
「がががあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
浸食するように、その白い肌が、顎の線が、欠けてゆく。朽ちて塵になって、消えてゆくように。
叩きつけられるように放されて、受け身もとれず、視界が揺れる。脳も揺れる。思考もぐにゃる。
「……」
「やり過ぎた、のかな? 思っていたよりも人寄りのようだね。受肉した精霊ってところかな?」
と、青藍はその場に座り込んだ。三本の鎖をしっかりと持ったまま。そのうちの一本が、微かに揺れたことを、青藍は気にも留めない。
(無駄だよ。苦しみたいなら好きにしたらいいさ)
一本の闇の鎖。それは、他の二本と比べて、しっかりとのびている。それだけ、その鎖の発生源たる青藍から離れているという訳で。
数キロ先。
建物の影に引き摺られてゆく、上からも下からも垂れ流し終えたまま、泡吹いて気絶している沙羅。
事態が事態だけあって、人払いがされている。立ち入り禁止になって。
そんな場にそれでもいるということは、野次馬か、ここで行われていたことを知ってて漁夫の利を狙ったハイエナか、そうでもなければ、純然たる関係者くらいのもの。
そして、彼は、関係者であった。
深く被っていたローブを外した。ひょろ長い、ひょうきんな顔をした、ほっぺの膨らんで、鼻のデカく、三白眼の男の顔がそこにはあった。
「あぁ、沙羅。情けない。お前は俺だというのに。俺はお前だというのに。それに、あの二人がああも為す術無しとは。折角の希望だっていうのに、こんなじゃ駄目だよな」
「なぁ、沙羅。みんなで分かれる前に決めていたけれども、これじゃああんまりだよなぁ。ひっくり返すべきだよなぁ。禁を破るべきだよなぁ」
鼻水を垂らし始める。だって涙が溢れはじめてきたから。
「こんな半端じゃ、終われないよな。なりふり構わないで、どうせなら足掻こう。俺たちは、そういう奴らだった」
その男が、沙羅の胸に手を添えたかと思うと、にゅぅぅ、と水面に手を突っ込んだかのように、取り込まれてゆく。男は、沙羅の中へと沈んでゆき、
ガシャン!
闇の鎖は地に落ちる。
そして――白い花の領域が、そこを起点に、白光を放ちながら、果て無く広がってゆき始めた。
魔法奪奪 FINISH
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