魔法奪奪 Ⅹ
街の中。
走る、青藍と、沙羅。
青藍が、気配を辿り、少年の位置を特定している。
そこには、少年のもの以外に、二つの、強大な気配。
「あれよね! 何なのよ! あのバカげたのは!」
苛立ちを浮かべつつ、怒りを言葉に剥き出しにする。
「双ちゃんよりもあの二人はずっと強いんです……。でもとてもめんどくさがりで……。今回のことには乗り気じゃなかった筈なんですが……。動かないと思ってたんですが……」
後をついてまわる沙羅は、全く息を切らしていない。
一方、青藍は汗だくだ。何せ、少年が負けるような相手なんて、最低でも教師陣クラス。主席クラスですら届かなかったのが先日証明されたばかり。
少年が狙われたとて、何も問題はない。相手は少年を倒せない。ましてや、捕えらることなぞ。
沙羅にちゃんと話を聞く、という順当かつ確実な下準備も無しに、突っ込もうとしている青藍には、余裕も正気ももう、無い。
光の柱が、上がり、広がり、周囲を飲み込んでゆく。
最初の発生時点から軽く数百メートル、順当に数キロ離れた青藍たちの地点すらも…―
「止めるな! 足を!」
青藍は、足を止めた沙羅の手をとり、引っ張り、走り続ける。光へ、向かって。
魔法を唱えるでもない。青藍がしたのは、指輪を緩めただけ。溢れた闇が、膨れ上がる柱になって、青藍を中心に広がり、発生し続け、迫ってきた光の奔流にぶつかり、打ち消し合う。
そして――
ザサァ――!
足を止めた。
到達したのだ。光が消えたあとの爆心地へ。
消し炭になった少年を魔力から察知し、そこにボロボロになりながらも、辛うじて立ち上がり、こちらに恐怖の視線を向けた赤と緑の二人の人物に、圧を向ける。
嵌め直していた指輪を、虚空に、仕舞った。
ゴォオオオオオオオオオオ――
闇の靄、人のカタチ。恐怖を想起させる、冷たく、背をなぞられるような、声。
「ボクのライトをこんなにしたのはキミたちだね?」
その正体が分かっているのに、傍で、腰が抜けて、崩れて、立てない、震える沙羅。
「だとしたら、どうする?」
「未だ名も無き魔女様。貴方様より、ボクたちの方が、彼に近い。間に合いませんよ」
震えながらも、声は保って、ちゃんと応答している。彼らは強者である。魔女の位階には到達しておらずとも、最低、少年のいる位置にはいるだけのことはあるのである。
「抵抗、するつもりかい? 赦していないよ?」
闇が、蠢いた。
緑の、つまり、菩提の、左目が、消失していた。
「ほぉら。その証拠に。緑のキミの魔法の起点は赦されなかった。その存在を。おっと。花びらなんかになっていいのかい? そんな華奢だと、原型を留めていられないね」
舞い散った、夕焼け色の花弁は、しおれ、枯れ、粉のように散って、ぐちゃっと血だらけな肉塊になって、無憂は、地に伏した。
「精霊の身で闇に抗おうなんて、愚かだね。そういえばキミたちは外から来たみたいだね。此処の法則を知らなかった訳だ。笑えるね。そりゃこうなる訳だ。ねぇ。キミもそう思うでしょう? 沙羅」
沙羅は、上からも下からも垂れ流しながら、泡を吹きながらも、涙を垂れ流しながらも、目をあけて、青藍を見ている。
「よくもこんなことをしてくれたね? ボクの分はこれでいいよ。でも当然、ボクのライトの分が残っている。どう、贖わせようかな? 取り敢えずは、キミたちが目論んでいたのと同じように、こうしようか」
闇の塊が、線になり、千切れ、それぞれが輪になり、噛み合うように閉じ合い、鎖になる。それが、三本。
うち一本が、ぐるぐると、沙羅の首に巻き付いた。残りの二本はそれぞれ、菩提と無憂に。
沙羅が、呻くような声をあげる。声は、音になって、周囲に広がる前に、消えてゆく。
「耳障りはこれ以上は勘弁してね。悪いのはボクではなくて君だ。そんな目で見るなよ。唯の自滅だろう? 存分に独り、勝手に苦しみ叫ぶといいよ」
そうして。青藍と、一人。話をするために残された、菩提。
「魔女に魔法で勝とうだなんて、莫迦げたことを考えたね。絵を描いたのはキミだろう? 名乗らなくていいよ。耳に入れたくもない。それに、キミはボクの名前を知るに値しない。ボクが今から聞くことに偽りなく、全て答えろ! 首謀者たるキミへの沙汰はその後だ!」




