魔法奪奪 Ⅶ
魔法を斬る力を持つ魔法の剣。それで斬れないモノは何?
そんなとんちのようなことが起こった。
手品ではないし、物理的な動きからは逸脱しているのに? 目に見えている通りではないようでいて、本当にそうとも言い切れない。
だが、悠長に考える暇なんて与えてくれるような甘い相手ではない。
スッ!
いつの間にか、振りきった後の剣の行先に立っていた菩提に、その刀身を指先で挟むようにつままれていた。
唐突かつ、想定外。さしもの少年も、これには固まる。
「ふぅん。ホンモノの騎士剣だね。触るな精霊如きが、だって? キミも無様だからだこうなっているんだよ? キミの主と同じようにね」
酷い翻弄のされようである。
「握らないであげるくらいの分別はあるよ?」
「……っ! ???」
指先で押し返されるように放された刀身。目線なんて一瞬たりとも外していなかったのに、少年の視界から菩提は消えていた。夕焼け色の花弁の塊に成り地面にちらばった無憂も、丸ごとなくなっていた。
(気配ごと消えるのはボテイの力……。範囲は、最低でも半径10メートル程度はある……)
血走った眼で、困惑を浮かべながら、周囲を見渡す。
(……。やむを得ない)
出立前の師匠に、課題の一つとして授けられたものを思い返す。
(「魔力をひねり出す感覚。あの日、神鳴りを喚んだときの。あれを、思い出し、使えるようになっておけ。そろそろ必要になる頃合いだ」)
強く、想像する。
あのとき、満身創痍だった自分が、想像した悪しき未来のように。嫌悪を、理不尽を、後悔を、悲嘆を、想像する。
このクラスの相手。魔法を奪う手段。魔女である彼女という魔法の生産装置。人間扱いとは程遠い、畜のような、僕のような、嬲りの連続。
強く、思い込む。魔力は、絞られ、後先考えず、ひねり出される。
(【フラッシュバインド】【フラッシュバインド】【フラッシュバインド】【フラッシュバインド】【フラッシュバインド】【フラッシュバインド】――【フラッシュバインド】)
ばら、まいた。
鎧を、喚んだ。
魔法の剣を地面に突き立て、目を瞑った。
(そこ、か)
右手で、普通の剣を抜いて、投げた。
非生物。手から離れればもう、それは、自身の認識による軌道の制御を受けない。
花が散る音が聞こえた。
そして、剣を投げた方を見向きもせず、真反対。掌底を放った。
(芯からはずれてはいるが、十分、手応え、あり)
「っっと。 っ! うわっ、危なっ!」
押されて片足立ちで後ろへとふらつく菩提は、何やら、懐に両手を突っ込み、握った何かでを振り回す。
(くそっ! 奪られた!)
敵に手段は切らせた。だが、敵のリソースは減るどころか増えた。知れたのは、他の奴らが持っていたのとは遥かに多くの黒いガムテープの断片を持っているということ。
(……。ん……?)
少年は、気付いた。自分もこれ、使えばいいのではないか、と。はなっから頭になかった、魔法を奪うそれを使うという手段を少年は選択に入れた。
(消える筈だ。即座に。実体は残るのか? 効果は残るのか? さて。どう転ぶ?)
懐に入れていた回収済のそれを指先で弾くように投げつけようとして、
(……。待て? 空とは限らない……)
嫌なことに気づいてしまった。それに魔法が既に入っているか空っぽか、区別がつかない上に、入っていたら入ってるで、どういった効果の魔法が封じられているか、自身はまるで知らず、使ってみるほかに知る方法は無いのだ、と。
躊躇と共に、後ろ手に、後ろ向けに払った魔法の剣の一撃。
金属の塊を弾いたそれなりの手応えと、花弁が、先ほどより少なく微かに散っただけの微かな手応え。
弾いたのは、先ほど自身が投げた普通の剣。そして、それを放ってきたのは、無憂ということ。
(花弁の状態でも動ける、のか……)
ぴとっ。
腕にその断片が張り付いたのを感じた。自身の流す汗の量がもう、尋常では無くなっていることに、今更ながら気づく。そんなことよりも、喉の傷や腹への一撃の方が、どうしようもない位の重傷なのに。
少年は、自身が鎧を纏っているのに、肌に触れたもの、という矛盾に気づいていない。




