魔法奪奪 Ⅵ
青藍が自分の世界を閉じる少し前のこと。
少年は、あの雑魚な魔法使いの少女たちを倒し終えてからも、街中を走り抜けながら、争っていたり潜んでいたりする奴らを倒していき、例外なく倒した彼らが持っていた黒いガムテープの断片をかき集めていた。
歯応えのある相手には全く当たっていなかったから、損耗はほぼ無い。加えて、戦闘スタイルからして、種がバレることによるデメリットはほぼ無い。
それもあるのか。少年は、堂々と大通りに出ている。逃げも隠れもしないという意思表示。そして、自身を参加者たちの餌にしているつもりであるようだ。
(こんなものに頼って、こんな程度しかできない腕も頭も残念な奴ら、取るに足らない。あの時捨て台詞ほざいて逃げた奴くらいか? 及第点は。少なくとも、逃げを選べるだけの頭はあった。情報もそれなりに収集しているようだったし。今のところ、強者はこの催しに乗っていないようだが、果たしてそれは続いてくれるのか…―)
「そこの二人。いつまで観察しているつもりだ? 種何ぞ無いぞ? それに――見ているだけでは、いつまでたっても奪えやしないだろう?」
見上げ、左右の西洋建築なアパートメントの、数階建ての柵の無い屋上へ向けて、声を飛ばした。すると、少年の視界、左側に現れた、
「新入り。酔っ払いだからって、気ぃ大きくなりすぎだろ!」
真っ赤な毛皮みたいなローブ着た無表情な、浅黒くごつごつとした肌の、そのくせ幼い顔つきのモヒカンな赤黒い髪色の少年がそう言って、地面から1メートル程度の高さで、地面に平行に両手両足を広げて、胴を下に、頭を起こし、朱色の無気力な目で少年を見ている。
「無憂。その見掛けで煽り体制高いのやめようね。流行らないから。あぁ、僕は菩提というんだ。君の呼び名は当然知っているよ。ライト君」
少年の視界、右側にいつの間にか現れた、のっぽで緑の葉っぱのローブ着た、のっぽで、爽やかかつのんびりした様子の穏やかな微笑を浮かべるひょろっと細長い、黄色掛かった白い肌の、髪も眉も睫毛も無い男は、浮かんではおらず、地面に足をつけて立っている。
自分と同じ位の年頃の年相応な少年と、自分より年食ってそうで稀に見る自分より背の高い男。
どう見たって、どちらとも肉弾戦が特異なタイプではない。しかし、誘いに乗って姿を見せたということは――
「ムユウ、に、ボテイ、か。あんたらには他の奴らと違って余裕がありそうに見える。強いのだろう。だからこそ、分かるだろう? 私と闘えば、あんたらとて、タダでは済まない」
(交渉の時間だ)
「ぶっ…―! それはてめぇが種を知ってたらつぅ…―」
「無憂!」
「はいはいわかったよ」
「最適解が取れなくなっちゃったじゃないか。はぁ。ライト君。君には無駄に痛い目に遭って貰うことになる。ごめんよ。ほら、僕は予め謝った。だから――赦してクレルヨネ?」
ゾクッ!
「ぃぃぃ……!」
放った筈のライト・ニードル。左手と右手からそれぞれ一発ずつ。放った。放った。筈、なのに……。
放出した分の魔力の消耗。だというのに、貫く光の線は、その発露すら無かった。そして、自身の腹に真っすぐ、何の変哲も無い、のっぽ、こと菩提の正拳突きが、抉っていたという結果だけが残っていた。
(はや……い……? ……。いいや……? 動きと動きの間が、無い……?)
意識が半ば飛びそうになる強烈なそれに、沈みそうになりつつも――
「ぅんんん……!」
無理をして右斜め後ろに跳ねるように跳んだ。その最中、首筋左を横に掠って切り裂いてゆく、モヒカンこと無憂の左手親指の爪を刃のように使った斬撃が通過していった。
(今度のは、見えている……。なら、視覚への干渉ではないな。認識自体への干渉か……。こいつら絡め手タイプか。加えて、見掛け以上に近接戦闘もやるときた)
「げほっ!」
無理な駆動に血を吐きながらも、未だ隙のある無憂を狙う。接地していないなら、蹴り出しの足は意味をなさず、加速も方向転換もできはしない。
だから、分かっている奴程、無意味に無暗に跳ねるなんてしないものだが。
微かな引っ掛かり。
だが、少年は、選択した。まだ滞空している無憂の、左腕を掴み、捕まえようと――
「っ! (いないっ! 消え、た? 気配ごと……?)」
ブゥザシュゥウウウウウウウウ!
少年の喉は、その中心を、無憂の左手人差し指が、貫いていた。突き立てた、では済まず、貫いていた。串刺しだ。
狂いそうな痛みが、こみ上げてくるのを無視して、今度こそ本当に隙を晒した無憂の左腕を右手で掴み、喚んだ剣で、左腕の二の腕から、首に向かって斬り上…―
「ごぶぶ……! (花……びら……?)」
無憂は、夕焼け色の花弁の塊に変化して、剣は斬撃の軌跡上の僅かな花弁と、虚空を裂いた。有り得ないと思えるくらい、無い、手応え。目に映る通りではない、としても、透かされた、ということは間違いないと分かった。
(認識だけではない……。認識だけと思わせて、感覚も、か……。花弁ひとつひとつに、薄く気配が、ばらけたのは、……これだけじゃあ、分からない。分かる訳が、無い……)




