魔法奪奪 Ⅲ
果て無く続くように見える、夜空の下の森の光景と、小川の流れる音が、消える。
鎧も剣も消して、境界を越えて――
「残念だったなお前たち。私はこの魔法の持ち主では無いぞ?」
街の光景。昼の光景。背後にある、ぶっ飛ばした相手がめり込んだことによる、壁面の凹み、罅割れるような損傷。そこは、カラフルに彩られた、若干メルヘンチックなショッキングピンクを基調とした立派な壁面を持つ、集合住宅の入口の傍。
それ故か。壁を背にする少年を、半円状に囲う十人の者たちは、魔法使いであるにしても、華奢な者たちが多くを占めていた。ローブの色はまばら。まだ新しいらしい、つまり新入りらしい者もいるし、それなりに年季の入ったローブの者もいる。それらは全員、女であるようだった。
(弱いな。先ほどの少女よりも一段か二段。脅威をまるで感じない。ただ、唯一懸念するのは――)
「あんたなんて怖くないんだから!」
「そぉよそぉよ! 魔法使いなのに、騎士みたいな戦い方するなんて、恥ずかしくないのぉぉ?」
「でもこいつさぁ。持ってる魔法、すんごい強いよ? 確かぁ、ほら。これ。『光の針の魔法 (抗力無視) (貫通) (割合消費(極大)) (アンデット特効) (破邪)』」
「でも、ハズレもあるしぃ。『照らす魔法 (割合消費(極小)』」
「こんなのがさぁ、ほんとに強いのぉ?」
「碌に魔法使えないって聞いたけど」
「魔力はよわよわよねぇ。出涸らしみたい。くすす」
「そのくせ、剣も抜かないなんて、嘗めてるよねぇ」
「囲まれてる上、十対一。まさか勝てるとでも思ってるのかしら?」
と、何やらわちゃわちゃほざいたり、何か紙片を広げて、隣り合う者たちの間で、指差して確認してたり。
(一応こいつらは組んでいるらしいということだ。チームワークの程度は知れているが。それでも。十人の集団として、こいつらを纏めている中心が一人、もしいるとするのならば、そいつは実力を擬態している、ということになる。頭が複数人なら適性が無くとも問題無いだろうが)
少年はただ、黙って待った。
目を細め、そこにいる誰よりも優れた、図抜けた視力で、身長差を利用して見下ろすように眺め、捉え、どうやら今回の事態において、情報をばらまいた奴がいるらしいことを悟った。
そして、こいつらが、自分の闘いをその目で見たことがない類で、情報を仕入れたり、相手の実力を測ったりなんて、できる訳のない論外なのだと嘲笑した。
「きしししし。チリよ、集まれ、石となり、飛べ!」
キィイイイインンンンンン、
彼女たちにとって、それは不意打ちのつもりであるらしい。彼女たち十人のうちの一人が、砂埃を巻き上げ、凝縮し、圧縮し、掌に収まる程度の大きさの小石にして、飛ばしてきた、小石の塊を、
コォン!
少年は臆することも痛がることもなく、冷めた目で、片手の甲で、払い弾いた。
それを見て、彼女たちの反応はばらけていた。
「なに……それ……」
「うっわぁぁ」
「魔法無しで魔法弾くってバカなんじゃないのぉ?」
三人はドン引き。
「マグレでしょ! チリよ、集まれ、礫となり、連なり飛べ!」
「ふふ。わたしもわたしも! チリよ、集まれ、吹き抜けろ! それは裂き地走する旋風の刃」
二人は、隙無く連撃とでもいうつもりなのか、最初の一人よりも強力な魔法を、重ね放ってくる。無論、とろ過ぎる。話にならない。
少年が足踏みすると、地面が揺れ、礫混じりの風の刃は、形を保てずかき消え、石つぶての群れはもう、面倒だとでも言わんばかりに、避けようとも弾こうともしない少年の身体に、鈍い音を放ちながら当たって、転がり落ちる。
少年はまるでふらつかないし、痛がることどころか、僅かなひるみや硬直すら無い。まるで微塵も効いていないという証だった。
他の五人はそもそも、更に遅い。
不意打ちのつもりで最初の魔法を放った一人は、絶句しているし、他の四人は、
「まずいんじゃないの……」
「今更謝るの!?」
「逃げたら追いかけてくるんじゃ……」
「あんな化け物みたいなヤツ……こわい……」
酷いものだった。
少年はあきれ果てる。
今宵の祭りに参加している者たちの中でも特に酷い。質は最低。覚悟もない。調子に乗っている。自分でなかったら、流石に防御したり回避したり対抗しなかったらダメージは少なからず受けていただろうし、こちらを雑魚だと嘗めて掛かっている癖に、こんな程度のことでビビりちらしている。
まともに戦闘してやることすら馬鹿らしいくらいに。
「一応訊く。お前たちはどうしてこの祭りに参加している? 魔法を奪う祭りに? 誰に誘われた? お前たち程度が、自分の頭で考えて、参加に至ったとは到底思えん」
と、少年は落ち着いた口調で尋ねる。
少年は彼女たちを評価した。下の下と。嘗めている訳ではない。馬鹿にしている訳でもない。騎士時代、駄目な奴を見ることなんて、珍しいことではなかったから。
「はぁぁ? 嘗めてんのぉ? あんたも新入りでしょ? この学園の!」
最初に魔法を放ってきた少女だ。
「まあ、そうだが。だが、お前のような者、最初の授業で見かけなかったが?」
「はぁぁ? 負けさせれるための授業なんて、誰が受けるのよ! そんなの、師匠持ちじゃないザコだけじゃないの!」
少年はその少女の言葉と、そして、周りの他の彼女たちのそれに同意するような反応から、自分の師匠が敢えてアレに参加させたのだと知った。一応、一度あの場で死ぬ羽目になったのだぞ、自分は、と、あんまりにあんまりな師匠に一瞬怒りを覚えるが、まあ、あの人の平常運転か、と、怒る程の特別なことではないのだ、と頭を冷やす。
「あぁそうか。だから、お前も、お前たちも、魔法の才に溢れているというのに、そんなに弱い訳か」
少年がそう、普通の口調で、ただ言葉を並べて、彼女たちから魔力が迸る。
魔法のでない普通の剣を抜くことすらしない少年。拳を作ることすらせず、掌をかざし、引き、構え、
「勿体ないから――敗北を、教えてやろう。自身の足元を見れるように。世界を、自惚れ歪んだ色眼鏡で見なくて済むように。雑魚の私でもそれくらいは容易いものだ」
彼女たちの勝敗は、描かれる価値すら無い。




