魔法奪奪 Ⅱ
「うっ! ぞ、ゾンビ騎士だぁあああああああ!」
と、ひょろ長い、ひょうきんな顔をした、ほっぺの膨らんで、鼻のデカく、三白眼の男が、目を見開いて、ビビり声をあげた。
ローブを着ているのに、がっちりした感じの全然見えない、何だかマヌケに見えるのは、ブサイク過ぎるからなのか、魔法なのか、疑わしく思えてしまうような。
そいつは、脇目もふらずに逃げていった。鼻水を飛ばしながら、汚い絵面過ぎて、少年と青藍は追いかける気が失せた。
それに――もう一人いる。
意識が朦朧としているようで、壁にもたれて、尻餅をついて、ぐたっとなって、そのままのような。ローブがはだけて、何というか――乱暴されかけ、寸前! といったところの危ない上のはだけ具合に、青藍は、一瞬少年を見つめるにしては、目線が妙に下だったが少年を一瞥したかと思うと、バサッ、と自信のローブを外し、それを被せ、被せた下に手を入れて、乱れを整え、そして、バサッ、と自身のローブを再び纏った。
「さっきの奴はもう近くにはいないようだ。戻ってくる気配もない。……。…………。何でも、ない……」
少年は、自分が、酷い呼び名で呼ばれていたことにさりげにちょっと傷ついていた。それについて口にしようと思ったが、そういう場合でも無いと、耐え、呑み込んだのだ。
「脈も落ち着いてきてた。乱暴目的じゃあ無かったかも……」
「流石にそれは無理があるんじゃあないか?」
「これ」
そう、青藍が見せてきたのは、薄く僅かな程度の量であるが、黒いガムテープの断片ではなく、ロールであった。
「!」
「さっきの奴の懐から抜き取ったの。ふふふ」
と、笑う青藍の様子に、何か、怖い圧を、何となく感じた少年であったが、何か怖くて、突っ込めなかった。
何か、青藍の輪郭に、ドス黒い瘴気のようなものが一瞬見えたような気がして、目を擦る。
気のせいのように、それはなくなっていた。
自身の背に、冷たい汗が流れたことを感じ、気のせいにはできなかった少年は、その気持ちを抑え、態度に出さないように頑張る他なかった。
「わたしだって悪名通ってたし。蔑まれるのは自分じゃなくたって、嫌なものね」
少年の緊張を解すかのように、寂し気に青藍は言うのだった。
「そう……だな……」
少年は――自身の感情を、恥じた。
青藍の――領域。
学園内に構築した、異空間。夜の星空と共にある小川の流れる穏やかな森のような何処か。
木の幹に凭れかかる、
「んん……」
うなされるように呻いたそれに、
「大丈夫、かしら?」
傍に立つ青藍が声を掛ける。
「? ??」
恐慌が伺える。目を見開いて、未だはっきり見えないだろう目で、錯乱し始めるそれは、先ほどはだけたローブを直してやった意識朦朧としてた女の魔法使いだ。
なで肩で、身長も厚みも控えめで、もやしっ子みたいに不健康気味に白く、そばかすと、肩に掛かる程度に長くもささくれた薄赤い髪を持つ、エメラルド色の瞳の、少年たちよりは年上であろうが、乙女と少女の間くらいの年頃の女魔法使いである。
「落ち着くのよ【闇撫穏気】」
無詠唱。精神に作用する、実質、青藍専用といってもいいような、その魔法を行使する。そのように使うのは初めて。今練った新たなる魔法。しかし、できると信じて疑わなかった。
そして――
「ふぅぅ。おふとんの、匂いがします……」
と、恐慌はどこへやら。ふわっとした砂糖菓子のような声をして、薄赤髪の女は、まどろみに包まれつつ、幸せそうな顔をしていた。
ちょっと離れて立っていた少年が、青藍にそろりと近寄って、ひそっと呟く。青藍の耳元で。
「眩しい光でも灯してやったほうがいいか?」
すると、ぴくん、と青藍がして、
「すまん……。びっくりさせてしまった……」
「平気。また発狂するでしょうから、止めましょ。多分このコ、心弱いわ」
青藍は繕った。
「任せる」
と、少年はまた離れていった。
青藍の耳が赤く染まっていたことも、心音の加速にも、少年が気づけなかったのは、小川の流れの音のせいだけでは、ない。




