稀有なる壁越えの映像記録 裏 Ⅵ
「騒がしいな……」
「いつものことじゃない?」
並んで歩く少年と青藍。師匠の部屋の前で、落ち着かされながら、色々と伝えられて、また青褪めて混乱して、といった調子の少年に根気よく、宥め、何とか話の要旨を飲み込ませ、落ち着かせて、逆さまの宮から戻ってきたところ。
街の様子が妙に慌ただしかった。
爆発音や叫び声、魔法の光、砂煙をあげながら崩れる建物の遠望。
いつも通りである。
「どうせ元通りになるとはいえ、今日は何か祝祭日だったりしたか?」
「何も無かった筈だけど。誰かの思いつきで騒ぎになるなんていつものことだし、気にしない方がいいわよ?」
少年はいつもより心配性に。青藍はそんな少年の手を握って、気のせいよと、宥める。
「……。私の戦いの映像、記録されて出回ることになったばかりなのだが……」
「貴方なら大丈夫だから! しっかりしましょ! そんなヤワじゃないでしょ! けど、その気持ちは大事にしましょ」
そう、青藍は少年の尻を叩く。
青藍はこの短くも濃厚な付き合いでもうすっかり分かっていた。この男、見掛けよりもずっと繊細で、面倒くさい性格をしている、と。
たまに、大きくもおとなしい犬みたいに見える。折に見せる情けなさは、そんな犬が、腹を見せて、弱みを露わにしているようで、かわいらしくて。
だから青藍は思っている。わたしがしっかりしないと、と。ちゃんと見ていないとすぐに無茶して、死に掛ける。死なないとはいえ、何も失わない訳では決してないことを、自らの師匠に聞かされているが故に。僅か。ほんの塵芥程ではあるが、この地で死に至ったなら、欠けるのだ。体の髪の毛一本の先っぽといった形あるものから、魂のひとかけらといった絶大なる影響を及ぼすもの、経験値といった脳と体の記憶の無数に数多のうちから一つ、など。
言われても実感の沸くものでもないし、知って萎縮されては意味がないからと、一握りの者にしか知らされていない事実。
青藍は、そのことを少年に話そうとはどうしても思えなかった。その程度の代償なら、と、どうしようもないときには躊躇なく、捨て奸するようになるに違いないから。つまり、今以上に自身の命を軽く扱うようになる。そして癖になったのなら、それは、もう学園の外での生は望めないということ。
怖いから。
いつ、どこに行くことになっても、傍にいられない。ついていけなくなる。ついていけなくなることは自分の死と同義で、そうなった後、彼を留める重しはもう無い。
「巻き込まれる前に避難したいところだが。学園に戻るよりも、私の家の方がいいだろう。丁度師匠もいなくなったことだし」
と、少年は冷静に、打算もなく、ふわっと青藍を誘う。微塵も、下心は無いが――
「っ! うんっ!」
青藍の方はその限りではない。
師匠のいなくなって、暫くの間は少年の自由にできる、その家の扉の前にたどりついたところで、邪魔が入った。
立ち塞がる、ローブを深く被った一人の人物が、何やらノイズの入った声で口上を述べ始めたら、それが終わるまで待つことなく、冷たく憤怒していた青藍の、青白い手を空間に生やして、背の後ろから首筋へぺたりと触れる魔法と、その何やらの効果によって、泡を吹いて倒れたその人物のローブを剥いで女であることが露わになったのだった。
「青藍……。やりすぎじゃあないか?」
「はぁぁ?」
「すまん、何でもない……」
少年はびびりながら、口を紡いだ。少年は、更に目線を落とす。自分の足元に。恐らく言っても止まらない。無駄だと悟って、諦めるように、せめて誰か人の気配が近づきそれが男であるなら止めに行くくらいはしよう、と。
青藍はその女のローブだけに留まらず、服まで剝ぎ始めたのだから。
「うわぁ……。これ……。ライト、見て」
そう言われて目線を上げてしまい、思わず、自身の目を、掌で覆う。
うっすら見えただけでも、スタイルがよかった。青藍とは違って。そう。目に、毒。
「剥ぎ取ったローブ掛けてやってくれ。目のやり場に困る」
「あっ……。……。…………。そうね」
何故か、沈黙の後に続いた青藍の声が少し穏やかだったか、少年にはどうも分からなかった。落ち着いただけにしては、急すぎて、ちょっと怖いし、と。
バサッ、と覆われる音がしたのを確認して、少年が自身の目から掌を降ろすと、
「?」
見せられたものが何か微塵も検討がつかなくて、首を傾げた。
「ライトにも苦手なものってあるのね。安心したわ」
そう青藍が言う。
「君には見当が付くのか?」
「貴方の師匠の部屋で見た、あの映像を記録して再生する魔法具。その欠片よ」
「切り刻んで流通させた、ということか? 儲けようという意図か? 一部始終が収まった形のものが出回るよりはだいぶましだが」
そう少年が言うと、青藍はそれを、地面に叩きつけた。
ふわんふわんふわん、とたゆたって、地面に落ちた。あのときのようには、映像は再生されない。それどころか、何も起こらない。
「あれっ?」
と、戸惑う青藍。こんな筈じゃあなかったという風。すると、
「私には非常に都合が良いが、これで回らせた奴、馬鹿じゃあないのか? 一次流通者ではないのは間違いないだろうが。……。ん? 待てよ? こいつから、上に上に辿っていったなら、勝手に私の戦闘映像を流通させた主犯に辿り着けるのではないか?」
少年は、もう諦めて考えもしなかった、犯人捜しの手掛かりを得たと、気付く。そもそも、欠片ではないちゃんと品を持っていた自身の師匠をどうして詰めなかったのかと、今更突っ込むのは野暮である。
「じゃあ、やりましょうか」
うきうきとした表情を浮かべ、悪そうに笑う青藍は、泡吹いて倒れている女に、キンキンに冷えた指先くらいの大きさの魔法の氷を創り出し、その口の中に、躊躇なく突っ込んだ。
「お前の魔法、いただくぜぇ! 化け物ぉぉっ!」
「青藍、危ないっ!」
突如聞こえてきた声に反応して、少年は、青藍を横から抑え込むように押し倒した。
真っ黒い線が、真っすぐ伸びて、通り過ぎていって、重力に負けて落ちることもなく、同じ勢いのまま、引いていった。
少年は起き上がり、駆け、到達した。
「貴様。何者だ」
音も無く抜いた剣で、一瞬で相手の四肢の腱を斬り終えて、その首根っこを掴み、罅を入れながら。それで声を出せようものがないと、気付かないくらい、少年は割と冷静ではなかった。
(奪う。それは仕方のないことだ。否応なく許容すべきことだ。弱肉強食が認められているようなこの園では。命どころか、五体の満足が担保されてるのだから。だが、侮辱する意味なんて、まるで無いだろうが)
稀有なる壁越えの映像流出 裏 FINISH
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