稀有なる壁越えの映像記録 裏 Ⅱ
(どうしてこんなことに……)
ブラウン少年は、手足を太い荒縄で縛られ、メルヘンチックな花の意匠の椅子というか座布団に座らされている。程よい弾力がある、ソファーのような超肉厚の座布団である。
乙女チックな部屋だった。そう大きくない一人部屋といった風であった。壁は水で薄めたようなほんのりなピンク色。窓に掛かるカーテンはレースになっており、何故か一枚ではなく、幾重にも何枚も掛かっているのは、一枚だけなら、光が穴抜けのように差し込んできて役に立たないからだろうか。
ピンクのフリフリの重厚で巨大なベッドは、部屋の主によって、先ほど壁に立て掛けられてたものである。そうやってあけられた部屋の中央に、ブラウン少年はいる。
地面のカーペットは、特に凝っている様子はない、流れたての血のように濃いワインレッド。
ベッド以外に実用的な生活の痕跡は無い。それ以外にあるのは、部屋の主の趣味ばかり。ベッドが持ち上げられた際に転がった大量のぬいぐるみの可愛らしいこと。
その部屋は可愛いとメルヘンでできてる、ということだ。
出入り口は、窓を割ることを考えなければ、ブラウン少年と、そして――ブラウン少年が座るというか座らされているソファの右横に座る、女傑。
女傑は、ブラウン少年のソファの端に右肘を置き、頬杖をつき、右足をのばし、左足の膝を立てて、直接カーペットの上に座っている。
眉間に皺を寄せ、不愉快そうな顔をして。
女傑はブラウン少年の方を見てはいない。地面に置いた、未使用の黒いガムテープのロールのような物体が、薄蒼い発光を放ちながら、ひとりでにめくれてゆく、めくれた先から、縦に幾重に裂けて糸のようにバラバラに広がっていき、空間に、青み掛かってはいるが、フルカラーの映像を形作り始めている。
「ブラウン。変なモノ映ってたら承知しないよ!」
ブラウン少年の方を向くことなく、女傑は、低くドスを聞かせた、静かな怒りの声を向けた。
ごくり。
冷や汗が背を伝うブラウン少年。
渡されたモノが、自分が見たものと全く同じであるとは限らない。生成されていく映像が、自分が見たのと違う画角という可能性は十分あり得る、と。あの一面だけが、全てではないと、ブラウン少年は、自分の師匠となることが決まったあの白塗りの男こと、白紙に遠回しに言われていたことを思い出しながら、思う。
そして、気付いてしまう。
もし、運よく今日の危機を逃れたとしても、もし、映像が出回って、隣の女性の許容を越えてアウトな画角のパターンが存在してしまっていたなら――
「……。多分ですが、これで全部じゃないです……。師匠は多分、色々な角度から、記録してしまってると……思います……」
せめてもと、先に言っておくことを選択した。
隣の女性の眉間に怒り皺がいくのが見えて、それでも、何も返事してこないことに、ブラウン少年の汗はとうとう、座布団を湿らせ始める。
「見終わったら、師匠のところに連れていきます……。絶対に……。出回ることは止められないと思いますけど……被害は、抑えられる筈です……」
映像が、再生され始めた――
映像の光が消えて、薄暗くなった部屋で、
「……。どう……でした……?」
ブラウン少年が尋ねた。もう、声は震えていて、涙も鼻水も流れて、青褪めて、恐怖している。
「……。はぁ。あんたは悪くないよ」
ブラウン少年の隣に座っていた女傑は、そう、溜息をついた。たいそう疲れた調子で。
「……。だいじょう……ぶ……です……?」
ブラウン少年は震えながらそう尋ねる。
「あんたこそ大丈夫かい? ブラウン」
何故、その声が、そんなに優しく柔らかく感じたのか。ブラウン少年は分からなかったけれど、何だかとても安心して、泣きたくなった。
「うぅ、ぁあああああああああああ――うぅぅぅぅ……」
年相応な子供らしく泣き始める。
「あぁ、泣くんじゃないよ」
女傑のその声に反応するかのように、泣きに泣き、体制を崩し、倒れそうになったところを、女傑に掬われ、カーペットに座らされ、手足の縄を解かれた。
「あたしもムキになり過ぎたよ。冷静になりゃすぐ分かるこった。あんたみたいな子がこんなことする訳ないわ」
ポンポン、と優しく肩を叩いて、そして、なだめるように、ブラウン少年の頭を、その大きな手で撫でると――
「ごめ"ん"なざい"い"い"――」
ガチ泣きした。とうとう罪悪感に耐えられなくなって。
鏡の部屋になった白紙の部屋を出た先、廊下、立て看板。そこの壁にもたれかかって不機嫌そうな顔で立っていた、大きな女の人。直前までいた部屋で見せられた映像の中の、強い強い女の人。あのライト少年に真っ向勝負で勝ってしまった物凄く格好いい女の人。
ふわっと舞い上がった気分で、自分が、御仕立券を渡すお使いで来たこと、あの物凄いライト少年に勝ってみせるなんて凄い、戦いの映像を見た、と話して、渡した御仕立券をぐしゃぐしゃに握り潰されて。
ライト少年の圧にも似たような、しかし、怒りと敵意があって、こちらに向けられているというところが違う。
それに恐怖した訳ではない。ブラウン少年はその目で捉えてしまっていた。御仕立券を差し出した直後。一瞬の硬直と、目の端に浮かんだ涙。熱で一瞬で蒸発し、隠滅されたそれを見逃さなかった。それが、尾を引き続け、心の中で、膨らみ続け、自分が物凄い悪いことをしてしまった、という風に感じて、感じ続けて、決壊したのだった。
「気にしないよ、あたしは。ブラウン」
と、女傑は、ブラウン少年を抱き寄せて、包むように、ブラウン少年の背を、撫でてやるのだった。




