犬も食わない Ⅶ
これは、「犬も食わない Ⅵ」と、「犬も食わない Ⅷ」の間の、幕間のような話である。話の進行が途切れるため、このように、後へと抜き出した。
だだっ広い部屋。
一辺数十メートルあるような。
そして、八方に、映像が映し出されている。
少年と女傑の闘いの今が、リアルタイムでそれぞれ、一面につき、違う画角から、映し出されている。
その部屋には、一人、男がいる。
異様な出立ちの男だ。
物凄く、やせ細っていた。ひょろく長く、もやしのような手足。高い。いや、長い。ウィル・オ・ライト位の背丈がある。
髪の毛の無い。目元は隈が深く、頬は痩せこけている。青白くはないが、真っ白い。白塗りか? と思わせるくらいに。
眉毛は無く、鼻も無い。鼻の穴すら無い。目元以外、のっぺりとした、細長な、顔。その表情は作り物であり、その男に本来、表情なんてものは存在しない。
人間離れした外見である。
腕を組んで、足を開いて、偉そうに立っている。
男の眺めている先の面。
そこには、少年目線での光景が映っていた。そして、丁度、その闘いのレベルの高さを示す光景でもあった。
「言っ…―おいおい。痛いじゃあないか。嫁入り前の乙女の肌に傷をつけるつもりかい?」
少年の持つ、正騎士の魔法の剣での一撃が、彼女の首で、止まっている。そして、それだけではなく、
折れた普通の剣を持つ手を掴まれていた。そう。あの化け物みたいな反射神経と反応速度の肉体駆動十全な状態の少年が、である。
青色の文字で、少年の内面が、浮かぶ。
(馬鹿な……!)
そして、
ブチュッ! ブチィイイイイイ!
引き千切――られ、地面に、肩から下丸ごともがれた、少年の左腕は転がり、ぴくついた。
白塗りの男は、呟く。
「今のは……。彼女、わたしの想定を越えましたね。彼がその気になれば、彼女では相手にならないが、錆び取りくらいになるという認識でしたが。彼に依頼されて、けしかけたのはわたしですし、罪悪感も多少はありましたが。得るものがあったというのなら、補償は別にいいですかねぇ。一旦報告に行くとしましょう。恐らく、これ以上一人でじっと見ていても、この限りなく薄いけれども確かにたゆたう、領域魔法の正体にはきっと辿り付けないでしょう。前例が無いのですから。わたしの知る中には」
長い長い呟きだ。自分の考えを整理する目的の。
そうして、白塗りの男は、自身の足元に穴をあけたのか、すぅううう、と落ちていった。
そして――
スゥウウウウウウウオッ!
すたり、と降り立ったのは、依頼主の元。逆さまの宮の一室の扉の前に立つ、げっそりとした疲れを浮かべながら、腕を組んで立つ、少年の現在の師匠である、あの男である。
「依頼された通り、でき得る限り相応しい相手とマッチング、成立させましたよ」
「流石だな、白紙。お前に頼んで良かったぜぇ。……っ、と!」
と、男は立ちくらみを起こし、白塗りの男は支えるが、すると、むわっと、きつい臭いがしてきて、無い鼻を抑える。
「全く! どういう神経してるんですか! せめて会う前に風呂くらい…―っ、あっ……」
「やめてくれ……。察せられるときつい……。可哀想なものを見る目で見るなよ……。お前だって、昔は…―」
「はいっ! 止めましょうねぇ! 古傷を抉るのはやめてくださいよ! 悲しく、なって、くるじゃあないですか……。もう、わたしに、あの人は、興味を失ってしまったのですから……」
「そういう落ち込み方するようになったかぁ……。お前も難儀だなぁ……」
(こいつが気づきさえすりゃ、元鞘なんだけどなぁ……。こいつらの関係は、納得ありきだから、人に言われてどうこうなるもんでも無ぇが。そうじゃなきゃ、十年も拗れねぇよ……。まぁ、良い反面教師だったけどな。お蔭で、俺はあいつと拗れずに済んだ訳だし……)
男は、閉じた扉の先を、遠い目をして眺め、そして、白塗りの男に、提案する。
「お前さ。弟子、とってみねぇ?」
「誰か紹介してくれるのですか?」
「違ぇよ莫迦。自分で探せや、んなもん」
「……」
「多分だが、見つかると思うぜ。そんな予感がするんだ。微かに」
「うわぁ……。それ、わたしの頑張り次第、確度低めのときの反応じゃあないですか!」
「だが、探す価値はあると思うぜ。今のお前みてるとよぉ」
「貴方にそう言われたら、探さない訳にはいきません。まあ、ほどほどに、全力で頑張りますよ」
「ははっ! どっちなんだよ」
「どっちもですよ。それがわたし、ですから。では、また後で。モノが仕上がったその時に」
それが、主催者と、黒幕との遣り取りの一部始終だった。
次話は予告通り、稀有なる壁越えの映像記録 裏 に進む。




