稀有なる壁越えの映像記録 Ⅶ
映像が、目まぐるしく移り変わる。
最高潮に近い。
少年と女傑との衝突は、少年が手段を選ばず、言葉の折に、無詠唱の自身の魔法を織り交ぜ始めた辺りから。
会話は、どんどん、怒号に近い張り合いになってゆき、女傑の無意識の領域魔法が女傑の煮え始めた感情が反映されるように、熱が、のってゆく。
ブチュッ! ブチィイイイイイ!
少年の左腕が、人外の域に達した怪力に、肩から下丸ごと、引き千切られた。
ここにきて速度が上がるのは女傑だけではなくて、少年も。まだまだ底知れない少年。痛みに慣れ過ぎた少年。大の大人ですら、薬や魔法による痛みの緩和などが無ければ、泣き叫んだり絶叫したりでそれ以外何もできなくなるような損傷を負ってすら、そう大きく戦闘能力を落とさず、動ける。
それどころか、落ちた錆が大きかったのか、左腕が消し飛ぶ前よりも動きは早く――
それに、少年の鎧。再生も部分展開もできるそれは、失血の応急処置くらいにはなる。もう、それで何とかなる域を越えてはいるが――少年は冷静ではないが、冴えわたっていた。
しっかりと本質を掴んでいた。女傑の魔法の本質を、女傑よりもしっかりと。だから恐れ、だから、焦りは確かなものになった。
少年が垣間見たのは、女傑の領域魔法の完全展開、完成形。今はまだ、不完全。しかし、そんな例のない稀な事象。さしもの少年であっても、そのズレには気づけていなくて。
「……」
ブラウン少年が言葉を発しなくなるくらい集中しているのもそのためだ。もう完全に、見に、意識を集中させている。
速度感の増す映像。
女傑の十全たる右拳の、上の、右肘内側に、つっぱり棒のように、空っぽの左腕で、制してみせた。
しかし、止まらない。女傑の魔法の本来のメリットが、本領が、発揮され始める。
少年の左手部分、空の鎧の中。熱が、伝っていた。金属が、赤熱するような灼熱が。魔法の鎧にすら通じる熱。放熱を、拒絶を許さない、強烈な魔法の熱。
しかし、熱、という明確な形になったことで、少年は何か腑に落ちたらしく、この迫ってきている追撃がどういうものになるか察知し、受けることにした。
ボブゥオオオオオンンンンンンン!
灼きつきが、鎧を通り、流れて、少年の左肩、断面を焼く。
「応急手当、ご苦労。詫び【フラッシュバインド】だ」
恐ろしいタイミングで少年はそれを放った。痛みでのたうちまわること必至な一撃を受けたタイミングを、見方を変えると相手がこちらに接しているタイミングであるということでもあり、だからこそ、今、線は繋がっている。
少年の唱えた魔法は、少年の左肩断面から、空の左腕鎧部分の中、溜まった煮える血を通り、接する相手の拳を通じて、その中を通って、肉体内部、掌から、肘、肩、そして、中枢へ――
女傑は、体を震わせながらぴくつかせ、抑えようと耐えるが、抵抗虚しく、少年のあの魔法が炸裂し、串刺し針の山と噴き出す血の水溜まり、崩れ落ちる。
映像は、続いている。
ブラウン少年は未だ、集中して映像に目を向けている。鎧も剣も消して、血に伏す女傑を見下ろす少年という構図。
「君はどうして、まだ勝負はついていない、と思ったのですか?」
そう、白塗りの男が尋ねると、
「見れば分かります……。寧ろどうして、ライト君、気付いてないんです……? ライト君がこんな分かり易い状況、読み間違えるなんて……」
期待していなかったのに、返事がかえってきた。
「彼も未だ不完全、ということですよ。やめておくんだ。そうやって、自分の期待を、相手に押し付けるのは。関係を台無しにしたくないのなら」
「……」
「似てるんですよ。わたしと君は。怖いくらいに。調べて、目を疑うくらいに。でも、だからこそ、弟子にするなら君がいいと、思った訳です。……。辛気臭いですね……。ごめんなさい……」
見ての通り、白塗りの男は、会話というやつが、実に下手なのであった。
映像が、終わる。
魔法も糞もない、体術で、ついてしまった決着。
「終わりですよ。彼が立ち上がることはありません。彼女、クェイ・ク・ァンタさんの勝ちです」
今にも泣き出しそうな表情をして、言葉を発しないブラウン少年に、白塗りの男は無慈悲に言う。
「これは過去。終わったこと。君は時を司る資質なんて持っていないでしょう? 無論、持っていたとして、あの場に割って入れましたか? そもそもですよ。君はあの場にもしいたとしても、ただ見ているだけに終始したでしょう。手出しなんて、あの彼がさせてくれるとでも? せめて、彼の足元に届くくらいに、強くならないと、このような私闘の場で、彼に自分を曲げさせるなんて、できはしないでしょう」
スッ、と映像が消えた。映像画面だったその壁面は、四方と天井と同じような、鏡に変わっていた。
ブラウン少年は、自身のその惨めで無力感に苛まれた顔を眺め、そして、
「強く……してくれるんですよね……?」
覚悟を決めた。
魔法使いの弟子になるということは、師匠の影響を色濃く受けることになる訳で。未来の自身の方向性を決めてしまうことにもなる。
だからこそ、師匠となる側も弟子となる側も、大概の場合即日即断なんてしないのだが――
「厳密に言うと少し違いますね。君は強くなるのですよ。君は、考えて、苦悩して、試行錯誤して、強くなる。魔法使いらしくなく、ね。今更だけども自己紹介しておきましょう。私は、記録の魔法の使い手。白紙・目録。人につける名前ではありませんが、生憎――本名です」
「僕はブラウンといいます。生家の事情で、未だ、唯のブラウンです。家名は名乗れないのです。調べても多分出てこないと思いますので一応。白紙さん。どうか僕を、弟子にしてください」
ブラウン少年がそう頭を下げると、白塗りの男、改め、白紙は、その肩をポンッ、と優しく叩いて、
「では、ブラウン君。師匠として、君に一つ、お使いを頼みましょう」
そう言う。
ブラウン少年が頭を上げ、目を開くと――
ぴらぴらと、無駄に宝石っぽい色鮮やかな輝きに縁取られた、掌サイズの長方形の紙片が、白紙の指先でつままれて、宙でぴらぴらされている。
「御仕立券ですよ」
すると、ぴらぴらされている紙片の先に見える鏡な壁面に、スッと、黒い長方形の間隙が生じる。
「あの先に、人を待たせてあります。もう、ここまで言えば、察しの良い君ならば分かりますよね。後はお願いしますね! わたしは少し、急ぎの用事がありますので!」
と、すぅぅっ、と透けていって見えなくなった。
ぴらぴらと悪趣味に輝く紙片が、出口以外に唯一鏡面ではない床に落ちる。ブラウン少年が溜息をつきながらそれを拾い上げると、床は、鏡へ、変わり果てた。
とぼとぼと肩を落としながら、憂鬱な表情で、ブラウン少年はその空間を後にしてゆく。
「早まったかなぁ……」
ぼそり、呟いて。
稀有なる壁越えの映像流出
NEXT→ 稀有なる壁越えの映像流出 裏