稀有なる壁越えの映像記録 Ⅵ
映像が、再開される。
口を動かし始めたのは、白塗りの男の方だった。
「恐らく、日が浅いのでしょう。どれだけ見積もっても、年を未だ跨いでいない。正騎士の装備は、まるで個別の人間のように、言葉を発します。自身の認めた装者にしか聞こえない声で。ですが、彼がそれを聞いている様子はない」
映像を見ながらの、考察になっている。どちらかが切り出し、もう一方が答える。
「聞こえないのなら、判断のしようがないのではないでしょうか……?」
「私の魔法は、映像記録。視界と、音と、痕跡を記録するのです。声なき声は、一切今回の闘いの中で記録できませんでした。阻害の類も観測されませんでした。全編に目を通すのは、まだ一度もやっていませんが、記録し終えた後に、異常が無かったかのアラートの確認はしましたのでね」
「便利な魔法ですね……。狡いくらいに。魔法使いにとってこれほど有用で、これほど厄介なものなんて無いんじゃないでしょうか?」
「ところがそんなことはないんだよ。例えば。魔法を封じる魔法の使い手なんてものがいる。自身はその魔しか使えない癖に、効果も範囲もおかしいんだよ。新たに魔法は発動できないし、既に発動している魔法は、一部例外を除いて封じる。例外の一つに領域魔法がありますが、それですら、その魔法の効果範囲の球状に、領域魔法の領域から魔法を打ち消すんだよ。魔法使いの身体の内で終結している魔法には効果が薄いと本人は言っているけれども、それでも、ここ基準で並の魔法使いですら、まともに魔法を練れなくなるんだ」
「友人ですか?」
「腐れ縁だよ。君もそのうち顔を合わせることになると思いますよ。あいつは商売人ですから。こんな場所に好んで出入りする変わり者ですから」
会話が続いて、終わると、また互いに沈黙、映像に集中。それの繰り返しになりつつある。
映像が、進んでゆく。
「っ! 刀身が、伸びた……?」
それは、誤差のような微かな違い。
「鎧と同じだね。鎧の異質さに目がいきがちで、なかなか気づけない。上手くできているね。鎧と同じく可変なんだろうね」
「ライト君が指示してるんじゃあない……。剣が、勝手に判断して、やってるってこと? あぁ……。ラライト君だから、それにも違和感なく対応できてしまってるんだ……」
「剣が、彼の意図を汲み取ってやっている上に、微かであるからというのもあるよ。邪魔にならない程度に、剣は彼をアシストしている訳だ。あの剣の扇のような動きでの連続する切り返し。だからこそ、相手にしても、刃の射程は捉えずらい。才ある者に相応しい相棒という訳だね」
「……。何か、知っているんですか……? 多分、下調べしてるんですよね。ライト君のこと。ここに来る前のライト君について、どんな秘密を知っているんですか……?」
「聞きたくなる気持ちは分かるけれど、それは聞いてはいけないことだ。最低限、赦されるラインは、彼が今この場にいたなら、辛うじて、といったところかな。それが分からない君ではないだろう? 急く気持ちは分かるよ? だけど、やめておくんだ。わたしはかつて、それで後悔した。今も、後悔し続けている。尾を引くんだ。こういうのは。だから、読もうと、してはいけない」
白塗りの男は言わなかった。調べようとすれば、調べる場所さえ間違えなければ、それは実はたやすく知ることができる。
少年が来た魔法の園の外縁への出入り口。それを特定して、そこが属する外縁区画で聞き込みをすれば分かる話だ。
少し考えてみれば分かる話だ。少年がやらかしたことは大事な上、前代未聞。人の出入りがある、少年の出身世界と接する、かの外縁区画であれば、あっさり知ることができる。
映像が、進む。
遅延性の何やらの領域魔法がようやく発動したらしいのを、少年の反応から読み取り、女傑の無反応っ振りから奇妙に思い、ブラウン少年は考え込み、その間も進み続ける映像の中、口を開いて言葉にしたのが、
「傷の治りが、早すぎませんか……?」
そんな着眼点だった。
主語が抜けている。だが、汲み取れる相手なのだから会話を妨げる要素にはならない。
「相手の魔法の効果だね。無意識で制御できてないから、メリットもデメリットも、彼に与えてしまっているねぇ」
「魔法なのに、意識せずに使ってしまえるなんて、あるんですね。しかも、領域魔法なんて複雑なものを」
「稀な例だよ。普通の魔法ですら。領域魔法でなんて、わたしもこれまで見たことも聞いたこともない。でも、ありそうではあるって予想はできてたから、驚くようなことでもない」
映像が、進む。
少年の斬撃が、女傑の肉体を切り裂くに至らない。小さな切り傷にすらならない。無傷。こうなればもう、速度や緩急や意識の間隙を幾ら上手く使いこなしても意味がない。
効かないのだから、幾ら攻めようとも意味がない。
そもそも、魔法を切り裂く力を持つ筈のその剣で切り裂けないということは――
「彼も困惑していますねぇ。魔力による強化じゃあないんですから。有り得ないようなことが起こっています。好敵手のいなかった相手に、相応しい敵として彼が現れたから、ここにきて彼女は素で、成長している、ということです。これにはさすがにわたしも驚かずにはいられない。まさにわたしの欲しい絵、壁越えの瞬間が撮れていたということなのですから!」
と、白塗りの男は高笑いしたかと思うと、隣の、進み続ける画面を集中して見ていて、こちらの声が聞こえていないようであったブラウン少年を確認して、安堵する。
本心が、漏れていた。折角ここまでやったのに、ばれるところだった、と。