魔法がとける刻 Ⅳ
(駄目だ……。これでよくは、無くなったのだから……。師匠が、師匠が、私のせいで、全てを、失って……しまう……)
「……。啼け! 居貫く雷!」
これまで一日に二回以上唱えたことは一度もなかったが、唱えた。体がはちきれそうなような、内側からかき乱されるような、猛烈な気持ち悪さに、
吐いた。
血反吐、だった。
「啼け! 居貫く雷! げほげほげほっ、ごほっ」
血反吐。
「啼け! 居貫く雷! げほげほげほっ、ごほっ……。な、啼け! 居貫く雷! げほげほげほっ、ごほっ」
血反吐。
「啼……け! 居……貫、く……雷ぃ……! ぶぶぶぶぶぶ…―」
反吐。
「あーあ。あいつも馬鹿なもんだ。俺も……人のことは言えねぇか。はは。さあて、どうだい? 魔力様よぉ?」
男は、透き通って、発光を失ってゆく、その薄紫色の水と紙片の入ったカプセルのような首飾りを眺めている。
「ふぅん。あーあ。仕舞い、か―…」
ガラララララララ、ゴォオオオウウウウウウウウウウウウウウンンンンンンンンン!
「チィィイッ! 弾かれた、か。」
男は、虹色のたなびく布地を上から降ろしたような半透明な布のようなバリアを咄嗟に張っていた。だが、守れたのは、自身の身と、その後ろの倒れた女と、その向こうの馬車や人々や撤収準備中の他の魔法試験官たち。
目の前の少年へは、間に合わなかった。のでは、
「っ、違う! 坊主、てめぇ……!」
なかった。
ジュゥウウウウウウ――
煙を上げ、脂の焼けた臭いを放ちながら、剣を地面に突き刺して、立つ、少年。
「貴……方……、に……は……届いて……しまって……げほげほっ、た……、で、しょう……から……」
肉は弾け、目は炸裂し、残った声帯も、ボロボロ。
とても、あんな糞みたいな行為をして、周りを粗方不幸に堕としてみせた者が、餓鬼が、子供が、できるようなことではない。
「てめぇ、死にてぇのかぁあああ! はっ……」
「死にたくは……ありま……せん、ね……。ぼとっぼとっ。でぼ、死なれ、る、のは、もっど、いだ、……」
ガラララララ、ドゴオオオオオンンンンンンン!
間に合う、訳が、無い。それは、神の、速度。
少年だけは…―間に合わせ……た……。
鎧姿の、少年。剣を癒着させ握り、地面に突き刺して、雷は、流れてゆく。先ほどのとは段違いで、光は周囲に散りつつも、消えず残り続けている。
(あぁ……。これなら、後悔は、まだ、まし……。だけど……、どう、なの、だろうか……。散らし、きれ、る、か……?)
カリカリカリカリ、ガリガリガリガリ、ギィイイイイイイイイイイイイ、ゴゴォンンンンンンンン――
鎧が、音を立てて、耐えきれなくなって、崩れて、ゆく中、周りを、見た。
なんとなく、分かっ……た……。
周囲一帯、巻き込んで、吹き飛び、そうだ。
人々の怯える目。馬車から飛び出して、必死に逃げ出す、同年代の子供たち。被害を抑えるために、結界の準備をする魔法試験官たち。高速で、足掻くかのような形相で詠唱を始めた目の前の男。
(どうにか……できない……だろうか……)
(景色に重なって、浮かんで……、くる……)
(『ほら、ライト。諦めなかったら、岩だって穿てるんだ。 何? 諦めてなんて一度もないって? 確かにそうだな。ははは。言ってみたかっただけだ』)
(師…匠……)
(『お前は、相応しく、無い。お前には、この一族の一員として存在する、その資格が無い。もう、見込みは無い。以降、屋敷に居るのは許さぬ。願わくば、静かに、この世から、居なくなるとよい』
(……)
(『母は、先に逝きます。ついて……きます……? ふふ。よかった。ついてこられては、困りますから』)
(母……上……。やはり、こんな水際でも、私は貴方の顔を思い出せない、の、ですね……。別れ、ちゃんと済ませていたのですね……。こんな大事なことさえ、忘れてしまって……)
(『大事なものは、ちゃんと、憶えている。忘れるなんてことは、無いのです。ただ、思い出せないだけ。答えは最初から、ここに、あるのですよ。きっと、教えて、くれます……よ……』)
(あぁ、もう、限界の……ようです……。胸に手をあてても、声なんて、聞こえてはこない)
バチバチバチバチバチ――
(『忘れて……ますよ……。声なき、声……』)
(『ひとつ、教えて、差し上げましょう……。人にずっと、ついて、まわる。真名、です、よ。声なき、越声で…―』)
ブチッ、ガシャァアンンン!
紐が切れ、地面に転がった、カプセル。
砕ける、音。
手が、力を失って、垂れた。
「『ライトニング・ボルト』」
雷の柱は収束し、消え――
見えない目で涙を流し、焦げ、固まった足だったものに立たされた消し炭の少年は、
「っ! 嘘だろ、おいっ……! ごがぁぁ……」
フゥオンンン! ボァァオオオオオオオオオゥウゥウウウウウウウウウウンンンンンンンンンンンンンンンンンン――
飛び掛かってきた目の前の男に抑えつけられながら、その左腕から、雲割り、天へと至るような、遡る雷を、男の腹を貫いて、打ち上げたのだった。
割れたカプセルから風圧で飛ばされ、出た紙片。いつの間にか広がって、真っ白な背景に、
【相応しい】
そう、朱く湿って、証となって地面にくっつき、たなびき、輝いていた。
魔法がとける刻 FINISH
NEXT→ 新たなる師、新たなる世界への旅路