稀有なる壁越えの映像記録 Ⅱ
暗くて、何も見えない。
バサッ!
頭に被せられた覆いを外されたら、そこは――
「始めましょうか!」
大きな部屋だ。そして、何もない。
床の間。天井と後ろと左右が鏡になっていて、正面は、半透明に、黒い背景で、周りの鏡に比べて、薄く、ブラウン少年と、白塗り男が、その部屋の中央に、並び立っている。
「?」
「そんな顔しないでください。ほいほいついてきてそれとは。止めることはできますが、終わりまで再生しないと戻れないので、見逃さないようにしてください」
カッ!
正面に、光景が映し出される。
果て無く続く草原と雲一つ無い青空の遠望。上空から、光景が、どんどん下がっていく。そこに在る、一つだけしかない人影へと、大きく近づいてゆく。
ブラウン少年の目つきが鋭くなった。
見紛う筈もない。
「ライト君……!?」
「正解です。今から君は、彼の強さの秘密を丸裸にするのです。わたしと共にね」
そうして、あの闘いに至るまでの流れが、再現される。
それは立体ではない。角度を変えて、様々な画角からの、高解像度の平面映像である。
だからこそ、限定される。別の言い方をするのなら、教導、いいや、誘導?
「止めますよ。さて。問題です! アレは魔法でしょうか? はい、いいえ、で答えてください」
少年が独り、叫んで、剣を振るって、芝は剥げてゆき、明茶色の土壌が剥き出しにしていく最中の光景。
「……。いいえ」
ブラウン少年は、何やら言いたげではあったが、それを飲み込み、白塗り男の言う通り、答えた。
「正解です。さて。どうしてわかったのかな?」
「あの人のこと……知ってるんで……。ライト君です……」
「人読みですか? それは感心しませんねぇ」
「?」
「理屈や論理を置いておいて、その人だからというのを根拠にすることですよ。まあ、知らずにやってしまったのでは仕方がありません。次は駄目ですよ。では、もう一度答える機会を与えましょう。アレは魔法でしょうか? はい、いいえ、で答えてください」
全く同じ問い。
光景は止まったまま。
ブラウン少年は、考え込むことなく、
「いいえ」
答えた。
「正解です。さて。どうしてわかったのかな?」
「見えませんでした」
「というと? どう、見えなかったのですか? できるだけ詳しく。わたしは付き合いますよ。嫌な顔一つせず。微塵の退屈もなく、最後まで。顔色なんて窺わなくていいのです。寧ろ。それをしたら、この催しも、縁も、それにてお終いです」
と、不気味に微笑む。
「あの……。ええと…」
もじもじ。もじもじ。
遠慮が見える。
それでも、言おうとは試みている。
それでも、未だ、無責任に言葉を、意見を、曲げても歪めてもいない。そもそも、未だ何も口にしていないから。
だが、見ていて分かる。子供らしく子供らしい。引っ込み事案で、立場の弱そうな子供っぽさ。だからこそ、そこに、悪意や、諦念や、憤怒といった、害意ある負の感情が無いということが分かる。
「わたしは、何やらの評価を下すでしょう。しかし、わたしが君から興味を減らす、いいや、失う、ですね。失う選択肢は、一つだけ。少なからず、偽ること。君がどう思うかの、最初から最後までを、わたしに、聞かせてほしい。いくら長くても、いくら分かりにくくても、それこそ、望むところなのです」
「……。言うから、遮らないで、ください……」
そう、顔色を窺うように尋ねてくる。
不安の表れ。しかし、言葉にはした。そんな面倒くさいことを言うような者の話なんて、誰もきいてくれない。期待して、それでも不安で、潰されるなら、話し始めるより前である、今のうちに。
そういう考え方だと、白塗りの男は、汲み取っていた。
「是非、最後まで、聞かせて欲しい」
白塗りの男は、ささやかに微笑んだ。それが、その男にとっての、でき得る限りの最大限の出来の笑顔の、許容の、現れであるのだと、ブラウン少年には伝わった。
(この、人なら)
「魔法かと見紛うでしょう。大地を踏みしめる一歩も。ロングソードを振るっただけで出てる衝撃波も。ですが、唯の積み重ねです。踏み締める前。凄く長く、息を吸っています。鼻を多いくなんてしていないです。とても、とても、長い息吸い。それだけ、力が溜められる訳です。魔力とは違います。もし、魔力を吸って取り入れたなら、それが、体内に溶け込んで馴染む際に必ず変化が起こります。僕にはそれが、色のついた土が水に溶けるように、見えます。ですが、ライト君の息吸いにはそれがありませんでした」
「息を吸い終わって、動き出します。剣を抜く動作に、引っ掛かりがなくて、綺麗に流線型に弧を描いて。止まらないんです。ライト君は。流れるように、動きが、続くんです。力みなく、動き出しています。込めるのは、剣を握る手でもないです。踏み込みの足。踏み出した、前に出した足。深く、膝を曲げるように、力が籠る最大値。地面を、足底が、掴みます」
「息が、力みになって、破壊力に変換されたんです。ロングソードの横薙ぎを放つ手の稼働が半分終わって、肘が曲がり、剣を振り切る動きに変わる変換点と重なります」
「衝撃波は剣を振り始めた最初から出ていた訳ではありません。半分振ったところで、出たのです」
「既に通った剣の軌跡を少し剣の刃から、外方向へ先に。再現するように、刃状に、湾曲して、弧になって、つながって、溜まって、でも、留まりきれなくなって、真空波は、飛んでいきました真空波が発生して、飛んで行って、真空波の進んだ軌跡にできた真空。剣を振り切りきったところで、止まった剣。剣が来たことで、剣の止まる先にあった空気が、強く。真空に流れて、それが、真空波を駄目押しするように押し出して、だから、草を切って飛んでゆくだけだったのが、地面ごと抉る破壊の波に変わって、土砂と、草切れをごちゃ混ぜに吹き飛ばしたんです」
「ライト君はきっと、息を吸うように当たり前にやったんです。できるんです。僕は見たんです。この一撃よりもずっと鋭くて、怖くて、鎌のような斬撃を、あの剣で、放っていたんです。もう一本のすごい剣を使うまでもなく」
「……。終わり、です」
白塗りの男は、ぽかん、としていた。そして、そうやって固まっていたかと思うと、ぶるるっ、と体を震わせ始め、そして、
「素晴らしい! 知見と経験。君なりの裏打ちのある、思考と論理。誰かに説明する為ではなく、誰かに説明することに慣れず、機会を得られずとも、独り、考え続けた者の、思考の仕方だ。それに――君が、瞬きを一切していないのは、どうやらわたしの見間違えでは無かったらしい」




