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魔法の家の落ちこぼれが、聖騎士叙勲を蹴ってまで、奇蹟を以て破滅の運命から誰かを救える魔法使いになろうとする話  作者: 鯣 肴
第二章 第三節 異質な世界の普通の日常

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稀有なる壁越えの映像記録 Ⅰ

 仲直りできたと、お礼を言われ、いっしょに来ていた青藍せいらんに引っ張られていって。


 もう、女傑も立ち去った後だ。


 未だ、ベンチに座っていたブラウン少年は、実は、知っていた。空いた間隙をつめて、先ほどまで、自身の隣に座っていた女傑と、決闘の末に、少年ことウィル・オ・ライトが死に掛けたことを。


 話を――持ちかけられたのだ。






 少年との共闘を終えて、ブラウン少年は、ある、悩みを抱えていた。


 仲良くなりたい。


 自分を下に扱ってこないし、真っすぐで、それでいて強くて、胸を張っていて、立派で、大人びていて。その手は大きく、こんな場所ですら、女の子を女の子扱いして、守ろうとできてしまう。


 やり方や、後先の考えなさは酷いものだけど。


 それでも、打算も無く、仲良くしたいな、と、人見知りな自分が思えた、数少ない相手。ブラウン少年にとって、それが、ウィル・オ・ライトだった。


 強さに怯えはしないが、暴には嫌悪感があり、意思はあるが貫き通すだけの力が無い、無力を感じてばかりのブラウン少年にとって、ウィル・オ・ライトの存在は大きかった。


 もう既に、ずっとついて回りたいくらいに好んでいた。


 それでも、そうできないのは、かの彼女の存在に依るところでもないし、ウィル・オ・ライトに拒絶されたり嫌がられたりした訳でもない。


 それはひとえに――ブラウン少年自身の、自身の、問題である。






 学園。講義と講義の間の人だかりの中にいた筈なのに――


「ほぅ。未だ入学したてで()()つぼみですか」


 キンキンとしてか細く高い声。短い言葉の中に不規則に時折金切るようなかすれが入る。


 物凄く、やせ細っていた。ひょろく長く、もやしのような手足の、声に反して、男だった。高い。いや、長い。ウィル・オ・ライト位の背丈がある。


 髪の毛の無い。目元は隈が深く、ほほせこけている。青白くはないが、真っ白い。白塗りか? と思わせるくらいに。


 眉毛は無く、鼻も無い。鼻の穴すら無い。目元以外、のっぺりとした、細長な、顔。


 人間離れして見えた。


「どなた……ですか……」


 ブラウン少年は、不安そうにそう尋ねた。


「怖がらないのですね! 不気味がらないのも実にいいですね! 資質も並々ならない!」


 会話が通じない空気が、もう流れ始めている。


 自分とその人物以外の誰もいない、延々に灰色が広がり続けている空間。壁もなく。天井もなく。床は、見えないが、灰色の地に立っているのだろう。落下している訳でもないのだから。


 十歩の距離を開けているのは、こちらへの配慮か、それとも、向こうの都合か。


「答えてくれないんでしたら」


 と、ブラウン少年は目をつぶって、両耳に、指を突っ込んで、不動になる。


 すると――


「強く、してあげますよ。あの少年に、並び立てる、いいや、前に立てる位に」


 ふさいだままのはずの耳の中に、掛かり、通ってくる息遣いと声。


 はっとして目を開いて、指を耳から抜くと、相手の位置は、密着するかのような耳の傍ではなく、最初に現れた、十歩の距離。

 

「知っていますよ。君は渇望していますね?」


 身体は傾けていないようである。首が、不自然なくらい、傾いているように見える。人の傾けられる首の角度をゆうに超えている。もうすぐ逆向きそうなくらいである。


「できるん……ですか……?」


 そう、ブラウン少年は尋ね返す。


「信じたいが、信じきれない。わらにもすがる気持ち! いいですねぇ! 実にいい! できますとも! これでも、この学園の教師! ですから! たった今、この瞬間から、ですけど!」


 と、その人外染みて痩せた白塗り染みた男が見せたのは、透明な紫の水の中に、浮かぶ巻かれた紙片。そんな水を包むカプセル大の透明な密閉容器と、そこに癒合する、紫色の首に掛けるためのひも。爪の無い指先に紐を通し、ぶらぶらとさせて、ブラウン少年の様子を伺っているようであったが、ブラウン少年のそれが何、というような反応しか見えない様子に、仕舞おうと見せかけて――


 ブゥン! バリンッ!


 叩きつけて、割って、未だ湿っている中の紙をブラウン少年の掌へと押し付けて、それを握らせた。


「できるとも。君は見出されて来た訳じゃあなかったと分かったからには。早い者勝ちだからね。誰を弟子に取るかは。そして、弟子を最初の一人すら取っていない者に、学園の教師たる資格は無い。あぁ、やっと得られた」


 ぽかんとするでもなく、迷惑そうに困惑するばかりで、それでいて拒絶も憤怒も無い、立ち去ろうともしない、攻撃しようとも、交渉しようともしないブラウン少年。そんなだから、彼は、今後も、こういった人種をホイホイし続けることになる。


 この人外染みてせた白塗り染みた男が、ただ、その最初の一人だった、というだけのことである。

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他にも色々描いてます。
長編から連載中のものを1つ、
完結済のものを2つピックアップしましたので、
作風合いそうならどうぞ。

【連載中】綺眼少女コレクトル ~左目を潰され、魔物の眼を嵌められて魔法が使えるようになったエルフの少女が成り上がる話~

【完結済】"せいすい"って、なあに?

【完結済】てさぐりあるき
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