犬も食わない Ⅹ
「ライト君! 聞いてるの!」
はっ、とする。
(現状を、認識しよう。……。そう、だった。あの女闘士が私を察知して、わざわざ呼びかけてきて、気を利かせて回避した筈の私は、何故かこうやって、ブラウン少年と女騎士。そんな二人の間に御邪魔虫として不本意ながら挟まる羽目になったのだった……)
横長のベンチ。逃げるつもりもないのに、何故か、両隣から、挟まれるように座らされることになった少年は、溜息交じりに、左のブラウン少年を横目で見て、正面を向いて、頭を落とし、片手で頭を押さえながら、情けなく、
「あぁ……」
と、溜め息交じりの返事をした。
バコォンン! と、右から、肩、左右の肩甲骨と肩甲骨の間に跨る大きな手で、叩かれた。
「どぉしたぁ? ウィル・オ・ライト。まさか……。まだ……!」
と、えぇ……と、呆れた様子をする、と好きに言ってくれる始末。
(確かに相談はした。ベッドの上。機嫌の更に悪くなった彼女。あぁ、怒らせた上に怒らせたから、こんなにも、どうしようもなくなっているのかもしれない。そんな彼女が帰った後に確かに相談はしたし、実りはあった、と思っていたが、実のところ、どうしようもなかった)
「ブラウン少年には未だ事情を話していなかったな……。彼女をな、怒らせて、しまったんだ。それも、君と共闘したときの怒りが収まらないうちに、この女傑との闘いで死に掛けて、…―」
「えええええええええええええええええ――!」
「大事にはならなかったし、する訳にもいかなかったそうだ。その為に何か糞苦い薬を飲まされたのはうっすら憶えている。学園でも一握りの経験者以外殆ど知らないが、条件の穴を不幸にも突いてしまったら、魔法から零れ落ちて、死に陥ることは、ある、らしい。そんな顔をするな。もう、元通…―、うっ……」
魔法の全身鎧。その兜を出して、逆向けて、顔を突っ込んで、吐いて、消した。吐瀉物も兜も、いっしょに消えた。
「酷く不味かったんだ。本当に、大丈夫だからな。で、話を戻すが、この女傑との死闘の後、目が覚めたら――」
と、周りから見たら情けない光景が、少年の語り口で再現される羽目になる。
「っ! どう、なった……?」
目を覚まし、布団の上から、私にまたがっていた彼女に尋ねた。
「……」
ばちぃぃんんんん!
「痛い……」
「……」
彼女は、私に飛びかかるように、私に抱きついて、泣いた。
「泣くようなことか? ありふれたことじゃあないのか?」
疼くような鈍い痛みが身体中に走りはするが、もう、五体は元通りのようだった。
「そう……じゃなくて……」
なにやら言葉を探す彼女。だから私は言った。
「外の世界には、因果を歪めて死を無かったことにする結界なんてどこにも存在しないし、存在しようもない。学園長程の者が幾重もの重い制約を重ねて、他にも何か色々と奇跡的なくらいこの地に収束して、実現している、奇蹟のぬるま湯。死を泣くのは、欠損を嘆くのは、それがもう取り返しがつかないからに他ならない」
「……どうして、わからない……の……?」
彼女はそう言って、顔を拭った。拭った手が彼女の顔を横切った後、彼女は無表情になっていた。
彼女は指輪を、外した。そして、それを、私へ押し付けた。
それが、元、あの腕輪であるのは明らかだった。何となく、自然とそういう形に収束したというか、寄り添ったというか。まあ、つまるところ、生きているから、ということなのだろう。
右手人差し指というのが、なお良い。呪を散らすにはうってつけだ。
横道に逸れた。本筋に戻らねば。
彼女が、薄くも確かに闇に纏われてゆく。一瞬、表情が翳り、固くこわばったように見えた。また、無表情になった。苦悩の匂いがした。
「ボクは戻るよ。分かったら、ちゃんと、謝りに来てくれるとボクは、嬉しい、かもしれない」
そして、私に背を向けて、一歩と歩き出す前に、すっと、薄くなって、彼女は消えた。
「……はぁ……。青藍さんが、かわいそうすぎるよ……」
「……」
「あんた、糞野郎だわ……。そんなの、理由も理屈も置いて、ただ、抱きしめてやりゃいいのよ! 女なんてそんなもん! あたしでさえそう! ……多分!」
「……。はぁ……」
「こんな情けないライト君……初めて……見たよ……」
「私も、人の子だ……。所詮、子供なのだ……。生まれて初めての友達とすら、拗れて拗れて上手くやっていけない程の……」
「鈍いあんたにでも分かるように言ってやろう。あんたとその子。青藍ちゃん、だったかねぇ。逆だったら、って想像してみて。そどうすればいいか、分…―」
少年は、取り乱した表情で、今にも叫び出しそうないかれた様子で、青褪めて、泣き出しそうな顔になりながら、何処かへ走り去っていった。
「気づけさえすりゃ、終わる話さ。きっと、その子も許したがってるんだからねぇ。自分にしか助けられない姫を、ほんのささかかなお礼のつもりで救って、知らずに王子様になっちまうなんて。そんなことが、あるんだねぇ」
女傑こと、クェイ・ク・ァンタ。
彼女の発現せしめた、その魔法。
アンバー・デュエル|
その真髄は、燃え尽きるまで、拳で、語り合う。その始まりからして、最中には不死が保証される。後先考えず、全力で、拳を最後まで交えられるようにという、戦闘狂としての心根が形になった、いわば、生き様のような彼女の本質。
それを発動してからの闘いの過半、獣であった女傑ではあったが、それでも、伝わってきたものは、心にしっかり残されている。
遅れながらに女傑は思い返すように見たのだ。二人の間の、この学園での日々を。
だからこそ、そのアドバイスは、刺さりに刺さった。怖いくらいに。
その隣では、女傑へと、感嘆と憧れのまなざしを向けるブラウン少年が。
どうやってこの女傑とブラウン少年が接点を持つことになったのか。それは、この後すぐに明かされる。
少年と彼女の仲直りはどうなったかって?
決まっている。
想像して欲しい。少年があんな形相で、見つけた彼女に出会いがしらに抱き着いて、言い訳も理屈も言葉もなく、態度で示して、あっさり、落ち着くところに落ち着いたのである。それは、傍から見たら胸焼けするような甘い光景。
犬も食わない FINISH
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