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魔法の家の落ちこぼれが、聖騎士叙勲を蹴ってまで、奇蹟を以て破滅の運命から誰かを救える魔法使いになろうとする話  作者: 鯣 肴
第二章 第三節 異質な世界の普通の日常

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犬も食わない Ⅸ

 規模は違えど、学園長が常時張っているのと同じ。概念や効果をもたらす領域。


 恐らくは、逃げる、という概念を打ち消している。


 発動の条件は、追い詰められること? 一対一であること?


 何れにせよ、この相手固有の魔法であることには違いない。意図せず、形になったからこそ、色々と漏れてきているのか、それも条件に含まれるのか。


 単純な類ではない。説明できる類でもない。


 これは、何の参考にもならない。私にはものにできない魔法の類だろう。


 立ち上がった、周囲の空気を歪ませるような熱気を放った、相手の瞳は、黒く焦げ灼けるように、濁っていた。


 圧が、違う。ぞっと、肌が震え立って、染み付いた業を、


「†斬る†」


 放つ、が、()()()


 仮にも業。それは、魔法に等しい。まぐれではなく、息を吸うように、集中せずとも放てるようになったそれは、同じ位階に立つ者どころか、その先をゆく者ですら、避けるということは絶対的に在り得ない。


 外した、なら、まだ有り得る。


 これは明らかに、避けた、のだということを少年は把握して、思う。


(寝た子を起こした、というべきか……。開眼。嘗て垣間見た、師匠の本気か、最悪、それ以上ということも……)


 もう既に、低く屈み終えて、こちらへと飛び掛かって地面から足を離した後。


 【†アンバー(緋色の)デュエル(決闘)† †タスク()†】


「ガァアアアアアアアアア!」


 拳、ではない。爪。


 先ほどまでのとは違う。躊躇ちゅうちょや戸惑いや意図や狙いが、無い。


【†縦薙受†】


 魔法の剣で、咄嗟とっさに構える――が、透かされるように、空振る。


(っ! 透け……、いや、残像か! 熱! 歪み! 蜃気楼しんきろうか!)


 構えた剣を持つ手の肘の下、鎧の脇腹に掛かって、千切り、とられた。


 少年は、一見損傷の大きな脇腹以上に、剣を握る手に厳しさを感じた。


(ほとんどの衝撃は、肘で、か。こんなところが、砕けるなんてことは、組み合うでもない限り、まず、無いというのに……。砕けただけじゃあない。もって、いかれた)


 手先から徐々に力が抜けてゆくのは、もっていかれたのが、肘の辺りの骨と皮と肉と血だけではないということである。

 

(ただですら、乏しい、魔力……が……)


 少年の視界がくらついた。


 ここにきてとうとう。


 それは少年にとって、すこぶる相性の悪い相手。


 元・師匠の言葉を思い出していた。


(「お前は人よりも獣相手の方が苦手のようだな。なまじ賢いだけに、考え過ぎだ。脳無しの気持ちなんて、分からないなら、等しく、読めん。だから今後に生かすなら、できる限り相手にするな、といったところか」、か。暴れ牛の群れ。確かに梃子摺てこずった。そう苦戦する相手でもない筈なのに。読めなかった。理屈でもなかった。ただただ勢いだった)


 都合よく待ってなんてくれない。


 前方下側から、突き上げるように、こちらの顔面目がけて、放たれる、禍々《まがまが》しい、危機。


 【†アンバー(緋色の)デュエル(決闘)† †スパーダ()タスク()† †()()()()()()()()†】


 右手は、否、右腕はおしゃかになって、上げようとする意志に意に反して、垂れようとし、剣は抜け落ちようとし、少年は、ろくに中身の再生しきっていない左手で、握り直しながら――


 ザシュゥ!


 自身の右腕という腕の役割を喪ったそれを、右肩上から斬り上げ、切り離した刹那、右足で、蹴り上げて、【()()()()()()()()()】押し付けた。


 光は――炸裂さくれつ()()()


(師匠。違う。考えるから間に合わない、じゃあ、きっとないんだ。間に合うように、考えればいい。停滞や躊躇ちゅうちょの時間が無いというだけだ。そうできなきゃ、負けるだけだ)


 右腕だったものは、そうやって、相手の腹に押し付けられ、断面から血の軌跡を描きながら、吹き飛ぶ。相手を巻き添えに吹き飛ばしながら。


 相手は今、獣。()()()()()()()()――自切の意味なんて、決して分からない。


 そうして、明らかに数段違う殺意、トドメの圧が掛かっていた、猫の手に構えた掌が、爪が、彼女の腹に蹴りの威力と共にめりこんだ右腕が、どうなったかというと――赤熱しながら、き出すものごとすすけていって、真っ黒にりながらおちてゆき、地面について、チリになるかのようにくだけちった。


 燃えかす。絞りかす。残りかす


 距離は、離れた。数十メートル。


 相手はそうして、吹き飛ばしの推進力を受けなくなって、ずっ、と地面を踏みしめて、勝ち誇るかのように、体を震わせながら()()()()()()


 どくん。


 ()()()()()()()()()、抵抗虚しく、少年のあの魔法が炸裂さくれつし、串刺し針の山と噴き出す血の水溜まり、抜けてゆく、消えてゆく、熱。そうして――獣の時は終わる。決闘。それは、人のいう決闘ではなかった。獣と獣の決闘。つまるところ、剥き出しの殺し合い。


「獣に成り果てねば、未だ、勝負は分からなかった、ろうに」


 少年は、痩せ我慢して、息を切らさず、そう言った。そのせいで、酷く、視界は歪んで、くらんで、ぼやけて、それでもそんな視界にもこれだけ色濃く血色であれば、映る。


 再び、崩れ落ちた女、という結果が横たわっていた。


 続ける言葉も無く、剣を消し、虚ろな左腕を掲げ…―


 ぞくり。


 それは、錯覚ではない。感じる重みに実体が、ある。抱き、つかれて、いる。倒れた筈の、相手、に。血色に染まったが故に、獣に成り果てていたと錯覚しきっていたが故に、少年は、気付かなかった。十全でない少年のそのときの十全。つまり、悩みに苛まれて削れた分、彼は、無様で、愚鈍で、察しが悪い。


「け、い、かじ、」


(まず、)


「ん、まいな、す、きうじう、く」


(いっ!)


 間に合え、という、少年の悪あがきの踏み砕きの右足の動きは――


 ドチャアアアンンンンンンン! ボゴゴゴゴゴゴオオオオオオオ――、……。


 間に、合わなかった。


 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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他にも色々描いてます。
長編から連載中のものを1つ、
完結済のものを2つピックアップしましたので、
作風合いそうならどうぞ。

【連載中】綺眼少女コレクトル ~左目を潰され、魔物の眼を嵌められて魔法が使えるようになったエルフの少女が成り上がる話~

【完結済】"せいすい"って、なあに?

【完結済】てさぐりあるき
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