犬も食わない Ⅵ
何合も打ち合っている。
こちらは剣で。相手は拳で。
そして――最初と比べ、圧されて、きている。
(速度は落ちるどころか――上がっている。もう、まともに打ち合わないようにしているというのに、どうしてか、先ほどよりも、身体の芯に、響いてくる)
角度を変えながら、扇を拡げるような、追加の、一閃、二閃、三閃。
ぐわんぐわん、斬るというよりは、舞うような、浅く素早く、切り返しを繰り返すように。
業ではない。しかしある種の特別。芸の類。だが、大剣でもないただのショートソードで、こんなことができるのは、正騎士の中ですら、個人武勇特化タイプか、上澄みに限られる。
そして――もう、拳を、腕を、掠りもしない。それどころか、
「あははあ、どうしたんだぁいいい! 温い温い温すぎる! そんなもんじゃあないだろう!」
ゴォンンン!
剣の横っ腹を殴りつけてくる始末。
(駄目だ。種が見えない。弱点も見当たらない。敢えて言うなら、時間。気づくのがもっと早かったなら……! だが、悩みにいっぱいだった私に、気付く余地など、ありはしなかった、か。熱が入るのが遅すぎた)
少年は体幹を崩すことなく、次の動きに入った。
緩急。
先ほどの芸が緩なら、今から放つのが急。
背を低くし、腰を落とし、前に倒れるように地面スレスレになりながら、曲げた足をのばし、地面にほぼ並行に、跳ねる、というか、波のように迸った。真空波よりもはるかに速い。潜るというか、すり抜けてゆくかのように。
相手の背後へと抜ける最中、後ろ手に刃を振り下ろすように――
ガキィインンン!
(もう、傷すら入れられないか……。夜の考える時間……。仕方、あるまい……)
砂埃を立てながら相手の背の方向へと向き、跳ねるように数歩離れる。そして、相手がこちらを向いて、
「やるねぇ。ここに至って魔法無しかい。あたしはあんたとは違ってか弱いから魔法ばんばん使ってるよぉ」
皮肉の混じった言葉を投げかけてきた。
(苛立ち? 嘗めてなどいないだろう? リソースをどこまで切るかは、私の都合だ。決闘の後にも私の一日は続くというのに、もう、許容を越えて、力を、吐かされている)
「そうか? 先日相手にした死霊使いと魔女のコンビにあんた単騎で勝るとも劣らないといったところだ。あの人ら、恐らく、それなりに名が通っていたのではないか?」
「それは光栄だねぇ。噂の徘徊騎士様にそう言われるとは」
と、腕組みして、少しばかり口元が自然と綻んだ様子。
(そう。機嫌。私が振り回されているものの正体。それだ。彼女の機嫌。機嫌。機嫌。……。あぁ、もう、馬鹿らしい。やろう。思いっきり。このクラスの相手だ。そして、嫌な気持ちを私に押し付けてきた。昔、師匠とやったあのときのようなつもりで、やろう)
「何を言っている? わたしはこの通り、【ライトニードル】魔法使いだが」
無詠唱。無挙動での、最速卑劣の一撃は――
「っと。あたしにゃ不意打ちは通用しないよ」
あさっての方向へ向かって、弾かれていった。掃う仕草も何もなく、衣装に弾かれたような印象だった。
「そうか。……っ!」
何の変哲もない魔法の剣ではなく、魔法を放った筈の剣を持っていないその手での早業。腰のシュートソードを手加減無く振るった剣が、根本近くから切断されていた。
それでも、少年は硬直せず、三撃目を――
「言っ…ーおいおい。痛いじゃあないか。嫁入り前の乙女の肌に傷をつけるつもりかい?」
正騎士の魔法の剣での一撃は、彼女の首で、止まっていた。そして、それだけではなく、
(馬鹿な……!)
折れた普通の剣を持つ手を掴まれていた。そう。あの化け物みたいな反射神経と反応速度の肉体駆動十全な状態の少年が、である。
ブチュッ! ブチィイイイイイ!
引き千切――られ、地面に、それは転がり、ぴくついた。