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魔法の家の落ちこぼれが、聖騎士叙勲を蹴ってまで、奇蹟を以て破滅の運命から誰かを救える魔法使いになろうとする話  作者: 鯣 肴
第二章 第三節 異質な世界の普通の日常

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犬も食わない Ⅴ

 折角だから、と剣は仕舞った。


 相手はそれを待ってくれていた。そして、目配せするかのように、


 いいかい?

 いつでも。


 いきなり最初から――打ち合った。


 拳を擦り合い、腕を交差し、強く接触し合い、無数に自分も相手も放った拳打。足も攻撃に存分に使える距離だったが、それをしないのは、互いに小手調べのつもりだから。


 ドタタタタタタ――


(妙に、響――く――)


 魔法の鎧は一部分すら展開していない。とはいえ、これは明らかに異常だ。常軌を逸している。


 打痕だこんが、波打って、腕を昇ってきて、肩へ差し掛かった辺りで、打ちあがるような衝撃に半分程度。そして、残りは、首へと向かってくるのを、首の筋肉に緩急つけた動きを付けることで、できる限りその猛威を少年はいなしていた。


 ガシギシシシシシ――


(掠ってるだけ? それだけで、何つう……)


 少年の拳と腕が強く擦れた腕の数多の箇所が、槍の腹でがれたような痛打に感じて、驚嘆する。


((魔法も無しで、))


(この練度。ただそれだけで、極まっていて、恐ろしく、身が震える。この寒心地よさ。あぁ、懐かしい)

(こりゃあ、堪らないねぇ!)


 距離をあける。


 互いに数歩の距離。そこから、相手は動かず、少年は更に数歩、低く跳ねるように距離をあける。


 そして、気分よく、大きく息をし、ギアを上げようと―― 


(っ!)


 数歩の距離は、一瞬で埋まっていた。上から打ち下ろすようにねじり入れるような右拳が、迫――


 ガシッ。ボキィィッ!


 つい、やってしまった。たぎって、昔のような調子で。加減をしようと意図する間も無かったが故に、やってしまったのだった。


 一瞬、相手は固まる。相手の右手、拳が開き、小指が、びろん、と手の側面下方向へ90度傾いて、動かない。ぎぃぃ、と歯をきしらせるように笑い、少年に凄んだかと思うと、もう、元の位置へ。


「すまない。昔、こういう組み手をよくやっていて。その時の調子でやってしまった。どこまでやるかも決めていなかったのに、つい」


 少年はほんの少しの申し訳なさと、それでも抑えきれない血沸く歓喜に、口元を歪ませながら、そんななのに口調だけは落ち着いた風にそう言った。


「いいんだよ。ほぉら。泣き叫んでいないだろう? ここの他の軟弱者たちみたいにねぇ。それに、折ったときの感覚で分かってるたぁ思うが、こちとら慣れてんのよぉ! あんたも、そうだろぉ? 折れて、分かったよ。ここは学園だよ。死にゃしないよ。だから、やろうじゃあないか。参ったって言うか、気絶するまで」


 と、相手は、右手小指を、左手で握り、曲げて、ぐぐぐ、と、元に戻して、右手拳を固めてみせる。


 そうして、二人、愉悦を隠しもせず、獣のようにわらった顔で、構え、同時に、消える勢いで、互いに、真っすぐ突っ込んでいった。






 ドダダダダダダ――


 右手。小さく付く動きを繰り返すように、右回りに旋回しながら、相手の左側面に拳をぶつけてゆく。


(妙だ……。どんどん、固く、なっているような……。魔法の気配は、無い、が……?)


 少年はそんな疑問を浮かべながら、相手が持ち札をいつ切ってくるのか考えていた。


(仮にも数人、いや、数十人抜き、下手すればもっと。そんな数の1対1を繰り返して、碌に消耗していないとするなら、もしかしたら…―)


 グゥイインンン――ドビキィイイイイイ!


(ぐぅ……!? がぁ……! 莫迦ばかな! 前腕の骨。二本の、両方……。折れてはいない。だが、もう、折れたも同然……。だというのに、あちらの拳は、恐らく、無事……! っ!)


 相手の右拳が、躊躇ちゅうちょなく飛んできた。


 少年はその目で、確かに捉えた。小指の骨折箇所のぶくれが消えていることに。


(だが――甘い! 罅入ひびいれきる前に、二撃目を放つべきだった。忘れたのか? その拳の先ほどの無様を!)


 ゴバガキィィイイイイイ!


 少年の飛び上がった左膝ひだりひざと振り下ろされた左肘ひだりひじが、相手の右手首を、かみ砕いていた。


 しかも、下方向に巻き込むように、相手の体制を崩しながら。


 間髪入れず、そのまま地面に打ち付けるように力をかけながら、その反動で体を倒立させるように浮かせ、叩き下ろすように、反対の足での蹴りを放った。狙いは、胴の裏。肺をその覆いごと、打ち付けてやること。


 ゴォォキイイインンンンンンンンン!


 おかしな――音が鳴った。鉄の塊でも、蹴り抜いたような。いいや、そんなものではない。その程度なら、蹴り負けるわけがない。だというのに、


(一度ならず……。間違い、ない。これがこの、クェイ・ク・ァンタの魔法。硬化の類。自身の内で完結する類の。だからこそ、その起こりは感知できん、訳、か……。加えて先ほどの、瞬間ではないが、恐らく、高速再生の類の魔法。これも同様に内で完結。確かに……闘士だ! それに、)


 自身の右足を衝突面である足首辺りから、指側粉々、膝までばっきりと砕かれた少年は、態勢を崩しそうになるのを、無理やり前転して、立て直しながら、その目の端で、捉えていた。相手の砕けた右手首。その先。拳の先。限りなく見えにくい、魔力の、膜。


(あれは、手甲だ。魔法ではない。魔法の品ではあるだろうが、彼女の魔法、ではない。できれば事前申告―…ふはは。いいや。申告ならなされていたではないか。彼女は闘士で。そして、魔法使いだ、と。そして私も、あんな形ではあるが、自己申告はした。魔法使い、と。よぉし。解禁するとしよう)


地面に転がるその胴には魔法の全身鎧、その胴がまとわれていて、間髪入れずにあっさり立ち上がったその頃には、もう、魔法の全身鎧にその身は覆われていた。


 躊躇なく虚空から召喚した魔法の、何の変哲も無いかの剣で、闘いの段階が変わった合図とでもいうかのように、少年は一切の加減無く、その暴威を放った。

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他にも色々描いてます。
長編から連載中のものを1つ、
完結済のものを2つピックアップしましたので、
作風合いそうならどうぞ。

【連載中】綺眼少女コレクトル ~左目を潰され、魔物の眼を嵌められて魔法が使えるようになったエルフの少女が成り上がる話~

【完結済】"せいすい"って、なあに?

【完結済】てさぐりあるき
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