魔法がとける刻 Ⅲ
「間に……あっ……た……」
もう、立てない。地面を這うばかりの私。
街の広場。雷雨だというのに、道を埋める人々の多いこと。そんな人々の群れが割れて、道ができて……。手は差し伸べられない。相応しい末路だ。
引き摺り、進む。あと数メートル。
見え、た……。
たなびく星空色の布の屋根に、四対の金属色の柱。赤絨毯に、立ち位置として定められたサークル。黄色の円。
最後らしい子供が、さも当然のように、何もないところから水を掌から、コップ一杯を越える量出すという芸当を見せて、合格者用の馬車の一つに乗せられたのを見ながら、
私は、
「待って……くれ……」
這う。
「待って……くれ……」
その中に、辿り着いた。
「やっ……た……」
最後の黄光の柱が、消えた。
「終わりだ。消え失せろ。薄汚い餓鬼が」
知らぬ、意地悪そうな女の年配の魔法使いの無慈悲な声。
「規定に……定まって……いる……筈……。この絨毯の上……。まだ、私は、試されて……いない……」
「私は、終わりと言ったんだよ。ウィル・オ・ライト」
「どう……して……」
「それはお前の名をこの私が知っていることか? それとも、私が高らかに終わりを宣言した理由か?」
「後……者……だ……」
「てめえの迷惑を被ったのは、てめえの家族だけじゃあ無ぇってことだよ! こう言えば分かる、か? 私はなぁ。ウィル・オ・ウィル、となる予定だった女だ! お蔭で、タダのウィルだよ、私は。行き遅れたぁんだよ!」
仁王立ちでそう、私を見下ろしている。謝れ、と目が逝っている。狂気走っている。何を言っても無駄なのが、分かる。だが、
「それと……これとは……話が……違う……。その資格は、無い……」
「はぁああんん! 殺すぞ、餓鬼ぃぃ! 放っといても死ぬだろうが、引導渡したるぅううううう!」
ドゴォオオオオゥゥッッ! ドサッ。
その、私の被害者であると名乗った魔法使いは、私のいるところまで堕ちてきた。気絶、している。目を開けたまま。
力を振り絞り、見上げた。
黄土色のローブを着ているのに、ローブのフード部分を被っていない魔法使い。見覚えのある、男だった。
師匠のとこに、たまに来ていた、私が壊れた際に、強引に治癒魔法で直された際に、それをやった男だと紹介された男。
「はは。よぉ、坊主。元気は、してねぇなぁ」
無精髭を生やしているのに、中年未満に若く見える、けれども、実は青年な年な師匠とは逆に、中年な、童顔な、浅黒く、派手な乱れ髪をたなびかせる、薄く整って筋肉質な肉体の、ほくろや傷やできものといった痂疲ひとつ無い、美しい顔をした二重で鼻の高い、黒くも輝く目をした、綺麗な、男だ。そして声が、そう。こんな風に、年相応に、渋みとドスがある。
「ご生憎……様で……」
剣を喚び、何とか円の中で立つ。
「ほら。これ。俺も試験管様なぁ訳だ」
そう、ぶらつかせるのは、何処かの魔法学園の、入学資格の首飾り。透明な紫の水の中に、浮かぶ巻かれた紙片。そんな水を包むカプセル大の透明な密閉容器と、そこに癒合する、紫色の首に掛けるための紐。
確かに、それには、魔力が込もっているのが見える。
「欲しければ、見せてみろよ。剣でじゃあ、無ぇぞ。正規の手順でな。坊主よ。お前は、魔法使いを目指す資格ある者か?」
そう。魔法使いの資格。その提示を求められる。試験官の前で、それを見せることで、魔法使いの卵と認定され、道が開かれる。王の子でも、親の顔すら知らない落とし子ですら、関係ない。言葉の意味を知っており、ただ、魔法の発動を見せることができれば。
たったそれだけが、資格。卵としての、資格。
子供のうちのみ、許される、魔法使いを目指す為の、資格。
「……」
「安心するといい。俺が終わりとするまでは、あの虹色の柱は消えることは無ぇよ。知らねえようだから言っておいてやる。この水が紫になっているってことは、試しの最中だってこった。誰かの身勝手な一存では終わらない。儀式はもう始まっているんだからな。意外と知られてないんだ。試験管はこいつを発動させるだけで、結果を決める訳では無いってな。あの女は愚かにも知らなかったようだがな。はは」
「よく、喋る、ものだ」
「だが、お蔭で息は整っただろう?」
こくん。と頷いた。そして、
「ほうら。やってみろよ。そうじゃなきゃ、あいつも責を取らされる」
男はそう、私に対して、冷たく、言った。
ゴォオオオオオ、ガララララァアアアアンンンンンン!
雷が、落ちた。
星空色の屋根と、金属色の柱は吹き飛んだ。
雨風に、晒される。赤い絨毯が、湿ってゆく。黄色のサークルが、滲んでゆく。
遠巻きな人々が見える。
私だけのせいでまだ発車できない馬車から、冷たい目の、私と同じくらいの子供たちの冷たい目が向けられる。
ローブ越しの魔法使いたちから、冷たい目線を感じる。
ただ、誰も発しない。
ザァァァァァァァァァ――
涙が、止まらない……。知って……しまったから……。師匠は、咎を受ける。私のせいで。
ザァァァァァァァァァ――
「いいのか。色が、薄れていっている。そろそろ、本当に時間切れだと思うが」
「……。やる……。やらずに、終わるのは……、それだけは本当に……、裏切り……」
力を込める。腰を低く構え、左手を掲げ、そして、前方へと翳し、人差し指をのばす。
(最後の、覚悟)
今にも崩れ落ちそうな体で、叫――
「啼け! 居貫く雷!」
……。
…………。
………………。
何も――起こらない……。