犬も食わない Ⅳ
青空の下。緑の芝が広がっている。
果て無く延々と、なだらなか緑の芝の、丘。雲一つなく、眩しくないのに明るい青空。
人形は、いない。
姿は見えないが、複数の気配。その中に私が接していたあの人形のものと同一の気配は無い。数は、二、三、か? 気配、が、ぼやけて、いる?
「1対1というのは偽り、なのかぁああああっ!」
叫ぶように虚空に問い質してみた。
「ルールは何だ? せめて勝敗の判定だけでも教えてくれ! コロシアイか? 学園の外だというのなら、勘弁願いたいのだが!」
魔法の、ではない剣を抜く。
いくつかある気配のうち、小さいものへと向けて一発。撃った。
構え、鋭く横薙いだだけだ。唯の斬撃を超えるそれは、迸る、横数十メートルの真空波。
芝は剥げてゆく、明茶色の土壌が剥き出しになってゆく。
自分がここへ飛ばされる前とは違う姿の、関節が球体で、口元が人形劇のやつみたいに可動式の人形数体が砕け、吹き飛ぶのが見えた。
何かが、消えるのが見えて、一際大きな気配が現れて、大きな誰かが立っているのが、どんどん色付いて、実体化していくかのように見えてきた。
「誰かは知らないが、やるねぇ。お蔭で助かったよ」
少しばかり低く、ハスキーな、力強く、響く声。
それは、姉御肌な、大きく鋭い目付きをした、大きな、女闘士? だった。
どう見たって魔法使いではない。武人のそれである。
ローブのフードから覗く、赤いちりっとしたストロベリー色の髪の毛。白くも荒れた鼻頭。灰色の、しかし透き通った光の宿った力強い瞳。
「あたしゃ、滅殺拳打魔法使い、クェイ・ク・ァンタってんだ。あんたは?」
ローブの下端から覗く、靴も、足首も。力強く太く、大きいことが見てとれた。
「私はウィル・オ・ライトという。二つ名は嘗て授かったが、もう名乗る資格を持たない。それでも敢えて、捻り出すとしたら、騎士ではなく魔法使いになりたくて、こんなイカれた場所に来てしまった愚か者といったところか」
少年は思う。
私と同程度とはいかなくとも、この学園ではまず見ない恵体。
間違いない。対戦相手だ。そして、間違いなく――強い。
「ライトでいいかい? あたしのことはクェイとでも呼んでくれたらいい」
こくん。
「あんたはどこまで聞かされている? 決闘のルールについて」
「私が提示されたのは――」
剣を地面に突き立て、ざりっ、ざりっ、と
【求む、近距離系闘者!】
【トーナメント形式、1対1。】
【参加費無料。優勝賞品、一式お仕立て券!】
「たったこれだけだ。あとは碌な説明も無く、受け答えすら曖昧な人形型の使い魔で嵌められるように、気付けば参加させられていた、という訳だ」
すると、
「そうかい。こちらが聞かされた通りだ」
「?」
「これがトーナメントの決勝。あたしはあんたの前にももう何十人ともやり合った。あんたに粉微塵にされた人形たちは言ったんだ。これが最後だ、って。あんたはシード。一戦勝てば優勝の特段強い奴って調査されてたんだろうね。この催しの主催者に」
「私よりは随分事情を知っているらしい。一応訊くが、あんたが主催者ってことも、主催者を知っている、ということも無いだろうな?」
「そりゃね。あたしだって主催者はぶん殴ってやりたい。何十戦もやって、一式分のお仕立券だけじゃ釣り合わない」
「そこは同じなのか……」
「残念ながらね。普通の服じゃあ、あたしのスタイルにはついてこれないし、耐えられるだけの服はあたしの稼ぎで数揃えるのはきつい」
と、ローブを取り払い、女闘士? はその全身を露わにした。
恐ろしく、身体に密着した服。いや……。服、といっていいのだろうか? 真っ白で光沢のあり、身体の線にみっちりと密着したような、継ぎ目の無い、しかし、それでいて、一切透けていない。肌着……か……?
「どうやらかなり珍しい類の戦闘スタイルを採っているようだな」
「そちらの手の内を一手とはいえ見てしまったからねぇ。これ位は」
「やる気、ということか。譲ってくれるつもりは無いか? 彼女の機嫌を直す為にそれが役にたつかもしれないのだ。どうしようもなくて、げっそりしている。もうこんな徒労は止めにしたいのだ……」
「ほぅ。大変だねぇ。でもねぇ。あたしも必要な理由があるし、それにあの子からあんたのことは聞いていてね――あんたのような埒外の卵と、そろそろ一度、闘ってみたかったんだよ」
(あの子? 彼女のことか? いや、そんなことより――)
その辺に散っていた草の断片と、地面の表面が、吹き飛ぶ。強烈な闘気。蹴り出しや跳ねといった挙動無しに、ただの闘気だけでこれ。しかも、吹き荒れるそれには、仄かに紅く、魔力の色が混ざって見えた。
(これは久々に、正当に、全うに、愉しめそうじゃあないか!)
少年は、ぞくり、ぞくり、と体を震わせ、滾らせる。
絡め手や不意打ちなんて無し、横槍も無しの一対一。大好きで堪らないそんな闘い、ここにきて、初めてなのだから。




