表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の家の落ちこぼれが、聖騎士叙勲を蹴ってまで、奇蹟を以て破滅の運命から誰かを救える魔法使いになろうとする話  作者: 鯣 肴
第二章 第三節 異質な世界の普通の日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/222

犬も食わない Ⅱ

 そう。しんどい。とてもしんどい。


 ここ七日の間の彼女との会話は。


 こうなるまで、彼女とのやり取りをこんなふうに感じたことなど一度もなかったのに。


 ただ話すだけで疲れるなんてある訳がない。一応面倒な人種の扱いにはそれなりの心得がある。だというのに。


 そういう錯覚なのだろうか? いいや、魔法か? それとも…―


 何といえばいいのだろう。このもやもやの正体を捉え損なっている。


 そもそも、どうやったら、彼女との話せるのだ? まともに、話せるのだ?


 彼女がここ数日のいつものように、私の家の側を通り過ぎてゆく時間。いつも通り、いた。


 一人だ。この数日のいつも通り。瘴気しょうきのようなもやを薄くまとっている。


「やあ」


 彼女に話しかけ、


「ボクに何か用?」


 他人行儀の言葉遣ことばづかいの殻に阻まれ、げっそりする。こういうところは年相応な少年は、どうしてそのせいでげっそりしているのかが、分からない。こればっかりは、知識でなく、経験せねば分かるまい。


「謝りに来た」


「昨日もそうだったよね」


 塩対応。それでも少年はめげない。


「悪いことをした。君の気に障ったのだから」


 疲れ果てるのは、り取りを終えた後でいい、と。


「何が気に触ってどうしてなのか分からないと、その謝罪は空っぽのままさ。じゃあ、また明日」


 彼女の口元は微笑ほほえみを浮かべているが目は笑っていない。だが、また明日。そう言ってくれているのだから、まだ見放された訳ではあるまい、と分かるとも。鈍い私であっても。


 そして、


「ああ。明日にはもう少し答えに近づけるよう、考えるよ」


 口に出してしまって、しまった、と過ちに気づかされる。


 空気が凍ったような錯覚。流石にわかる。今日もまた、解答を間違えた。そういう方向性じゃあ、駄目だってことだろう。


 少年はただ、深く頭を下げた。下げ続けた。


 やがて、かかとひるがえす音がして、足音が始まり、それが、遠く離れてゆく。


 少年は、その音が聞こえなくなるまでずっとそうして、頭を上げると、当然、彼女の姿はどこにも無かった。


 どっと、疲れが込み上げてきた。


 まだ、起きて数時間。昼すらまだ遠いというのに。ひどく、深く、眠りにつきたいような気分。これも、錯覚なのか。ただ、これは確かに私由来のものである。魔法では決してない。


 師匠のそれと似ているようで違う、もっと、しょうもなくて、もっと、どうしようもない。これに名を付けるなら、何になるだろう。


 分かって……いる……。師匠も言っていた……。


 ()()()()()()






 少年は、家の扉を開ける。


 がしゃん。


 師匠はいなくなっていた。


 だから、机の上に安置された紫水晶に話し掛ける。


「師匠……」


 すると、

 

「お前ほんと駄目だなぁ……」


 紫水晶越しの声。


「はい……」


「はい、じゃねえよ、ったく」


「どうしたらいいか、もう、わからないです……」


「だろうなぁ……」


「だいたいパターンはできてきて、少しづつ長いこと話せるようにはなってきたのですが、新しい試みやる度に、だいたい彼女が私を見る目が……」


「はぁ……。犬も食わねぇ。そんなもん食わされてる俺は何なんだろうな? ……。最初に言ったはずだ。痴話喧嘩ちわげんかは犬も食わねぇ」


些事さじだというのには同意しますよ。ですが、私と彼女は恋人関係ではありませんよ?」


「そういうことじゃ無ぇんだよ! お前がどう思ってるなんてどうでもいい!」


「はい……」


「周りから見たらそう見えるってこった。恋人の距離感」


「そう、ですか……?」


 実感はわかないが、そういうように見えるらしいとは。師匠のあの女の人みたいな距離感ややり取りと比べれは、彼女と私のやり取りはだいぶ距離の遠いものだと思うが。


「おじょうちゃん、わざわざお前に毎日会いに来てんだぞ?」


「?」


「わざわざ、お前が遭遇できる場所に予め居るってことだよ! お前が無駄に探し回らなくてもいいようになぁ!」


「何でそんなことを? そんな回りくどいことする位なら、直接声掛けてくれれば…―」


「作法ってヤツだよ! 作法! 美意識って言ってもいいかもしれねぇ。知識としては知ってんだろうが、お前!」


 少年はまぶされた砂糖の殻に阻まれて、言葉の真意を汲み取れない。


「そんなこと言われたって……」


 そんな少年を形容するなら、


「自分に自信が無さ過ぎるってのも考えものだなぁ……」


 となる訳である。


「?」


「もういい。時がくれば分かるようになるだろうさ。おじょうちゃんに同情するぜぇ……。お前は、重症だ……」


「……」


「おじょうちゃんは、そんなお前に分からせようとしてる訳だ。純粋に十割全部お前だけの為ってぇ訳じゃあねぇが、九割くらいはお前の為によぉ……。お前のダメダメな話をお前がある程度考えをまとめた好きなタイミングで聞いてくれる、というサイクルをここ数日、りずに繰り返してる訳だ。おじょうちゃんのイライラがまるだけで何の得があるんだろうな?」


(分かるようになったらなったで、こいつ自身に気苦労が……。いや、あいつが育てたようなもんなんだったら、案外――)


「知り、たいです……」


 と、少年が絞り出すように声にして、男は少しばかりほっとした様子で、それまでよりも少しだけ優しく、アドバイスをと、


「そうか。じゃ、早いこと気づくことだな。言われてわかる類のことでも無ぇ。っと。待って。待ってくれって、おいっ、おいっ、また、か、よ…―」


 紫水晶は黒く染まって、音は途切れた。


 お礼言う暇もなかったし、半端に終わったのもあり、とりあえず、御愁傷様ごしゅうしょうさま、と少年は黙祷もくとうした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくださり、ありがとうございます!
少しでも、面白い、続きが読みたい、
と思って頂けましたら、
この上にある『ブックマークに追加』
を押していただくか、
この上にある
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に
していただけると幸いです。

評価やいいね、特に感想は、
描写の焦点当てる部分や話全体
としての舵取りの大きな参考に
させて頂きますの。
一言感想やダメ出しなども
大歓迎です。




他にも色々描いてます。
長編から連載中のものを1つ、
完結済のものを2つピックアップしましたので、
作風合いそうならどうぞ。

【連載中】綺眼少女コレクトル ~左目を潰され、魔物の眼を嵌められて魔法が使えるようになったエルフの少女が成り上がる話~

【完結済】"せいすい"って、なあに?

【完結済】てさぐりあるき
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ