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魔法の家の落ちこぼれが、聖騎士叙勲を蹴ってまで、奇蹟を以て破滅の運命から誰かを救える魔法使いになろうとする話  作者: 鯣 肴
第二章 第三節 異質な世界の普通の日常

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魔法使いに最初に必要なもの Ⅳ

 逆様の宮。


 その入り口へと、転移し、降り立つ。


 すうっ、と、ふわり、と。


 いつものような、心地良さに、目をつむる。


 が――


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その皮肉たっぷりな自堕落じたらくな声に、不快感を感じるラピス先生こと学園長。


「そういう貴方は、随分ずいぶん―…」


 言いながら目を開いて、絶句し、固まりつつも、言葉を再開しようとするが、


頑張がんばり、ましたね……」


 戸惑いに塗れて、もう皮肉も言えない。


 様々な色の染み、汚れの目立つ、明茶色の大きな布で、全身を覆っているだけで、何も着ていないのだろう。敢えてそうしているとかではなくて、何も着れなかったのだと、かべに背を預けつつも、足が何度もかくつく様子からみてとれたから。


 ひどくやつれ、げっそりとしていて、そして、本人由来のものだけでは決してない、汗などの、様々に混ざり合ったひどい臭い。


 きぃん、と、青い光。直後に突風。どちらも男へ向けて。


「へへ、すまねぇな……。魔力吸い尽くされたんだわ……」


「幾ら君であっても、荷が重いだろう。早いこと、辞めるべきだ」


()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「……」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それによ。最近、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ほら」


 そう、手紙を見せる。割れた蜜蝋みつろう。開封済みの証。紅いままで、魔法で開ける前の状態に偽られていない証。


「そうそう魔女の伴侶はんりょなんて――っ! いやはや、まさかのまさかだね。逆にこれ、魔女の方が負けてるじゃあないか。友人どころか、親にも見せられない類の写真だと、その友人は自覚して……いないのだろうね……」


【良縁に巡り合った。思うところがあったというのもあるが、ま、この通り本気な訳だ。近いうちにこちらに一度来るといい。というか、来い。そして、あいつの話でも、聞かせて欲しい。後ろで倒れている彼女の願いでもある】


「すごいね……彼……。その魔女も大概だけど。これくらいの方がいいのかもしれないね。魔女の伴侶はんりょなんてものは。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」


「やめようぜ愚痴ぐちは。先生。俺もダメージ受けてんだよ。あいつも俺と同じように()()()()()()()()()()、逆に……。目ぇ覚めたらよぉ、枕元でニマニマしながら先にこの手紙読んでたあいつに、散々いびられた俺の愚痴ぐちを俺が満足するか飽きるまで聞いてくれるっていうのか?」


「辞めておこう。私も既にボロボロだしね」


「だろう? で、もう、言いたいことは分かっただろう? 先生」


「相談に乗れ、ということかい? ()()()()()()()()()()()()


「流石ぁ、ラピス先生。頼んますよ!」


 普段、びてくることなんてまずなくて、太々しいだけのこの教え子が、どうやら心底悩んでいて、それが、自身のことだけ考えての悩みでは決してなくて、背後に浮かぶ関わり合っている者たちがうかがい見えるような気がして、それはとても良い変化の兆しに思えた。


 だから、兼ねてから悩んでいた悩みの一つを手放してもいいかもしれない、と思った。


「こうするしか、ないね」


 ぽすん、と手元でけむりを出して、学園長のてのひらから差し出したそれを、男は受け取る。


 一枚の羊皮紙。その上に直接押された、朱色の動く、蜜蝋印みつろういん


 右回りに始まる数字。一から十二まで増えて、そこから二まで減って最初の一に繋がり、閉じる、円。逆転するでもなく、増減し循環する時計文字盤。そんな蜜蝋印みつろういん


 そんな円の中央には、


【魔女伴侶申請書】

黒亜クロア


【要:署名】

【正騎士又は同等の魔法使い(但し魔女罪適用者除く)】

【魔女 ラピス】


 この紙片が何かを示し、その効力を保障する文言が。


「丁度いい機会だと思ってね。用意しておいたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()。あとはいつ渡すか。それだけだった」


 男はポカンとしている。そして、自身のほほを伝った。それに気づき、何故だ、と声無く。


()()()()()()()()()()()。だから、真に彼女の伴侶、()()()()()()()()()()と認めようじゃないか。ん? そうじゃない、って? あんたはそんな都合の良い奴じゃない、だって? ひどいじゃないか。そんなこと言われなくても分かってるよ。魔女。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 手にしたそれをみて、そして、学園長を見て、男は追い詰められた表情をしている。覚悟しようとしては、踏み留まって、また、手のそれに吸い寄せられて、首をぶんぶん振り、切羽詰まった表情をして、考える。


「惑うことはない。自身を持ち給えよ。私は君を認めたのだよ。彼を連れてきてくれた。私にとって、彼は希望の光だ。()()()()()()()()()()()――」


 校長からほとばしり、れ出す、影より黒々しい、うつろが、しょくが、男の側をかすめる。


 男は咄嗟とっさに、身を丸め、欲しくて欲しくてたまらなくて、どうしようもなくて、しかし、あきらめてしまっていたそれを、第一にと、抱きかかえ込むように、守った。







 数十秒では収まらなかった。暴威のように荒れ狂う風音と共に、続いた闇色のそれが止んだのは数分後のこと。

 

 まだ、地面に丸まり込んでいて動かない男に、学園長は見下ろし、言う。熱の無い冷たい声で。


「おや。まだいたのかい? もう用は済んだよ」


 ふわっ、と男の体は浮かべられ、逆さ窓から硝子ガラスがすっと消える。男は、逆さ窓のその先へ、飛ばされ、ぶぅおん、と昇って、否、正しくは、落ちていった。


 男は落下の最中、目にした光景を反芻はんすうし、思う。


(()()()()()()()()()()()()()()()……。絶対に、だ……)


 不定形にうごめくように放出され、触れた先を腐食ふしょくするように吸い取る、闇の具現。魔法ですらないただの禍々《まががま》しいだけの魔力。あれで破綻はじょうせず、正気なのが信じられないくらいの、正真正銘しょうしんしょうめいの化け物。


 人の形はしているが、人には見えなくて、よく知っているし長い付き合いのある人物なのに、積み重ねてきた交流が無為に思える、決して相容れない、別物なやくい生きた異物。


 魔女は伴侶はんりょを失うと、ちるという。()()()()()()()……。あれは見せたのか()()()()()()()()()()()()()()、か……。


(……。そんな未来は絶対に御免だ!)


 命を燃やし、魔力に換えて――


【転移 ―()()()()()()―】


 男は、落下の速度による通過なんて情けない最後にしてしまうことなんてなく、自身を中心とした、極黒の、自身を入れて余りある大きさに急速に成長する球の発生に瞬く間もなくまれた。

魔法使いに最初に必要なもの FINISH

NEXT→ 犬も食わない

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他にも色々描いてます。
長編から連載中のものを1つ、
完結済のものを2つピックアップしましたので、
作風合いそうならどうぞ。

【連載中】綺眼少女コレクトル ~左目を潰され、魔物の眼を嵌められて魔法が使えるようになったエルフの少女が成り上がる話~

【完結済】"せいすい"って、なあに?

【完結済】てさぐりあるき
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