魔法使いに最初に必要なもの Ⅲ
ブラウン少年が、こう問われたなら?
『魔法使いに最初に必要なものとは?』
回答には時間を要するだろう。
まず、回想の材料集めから始めるだろうから。
包帯を巻いて、血を流し、鈍く響く痛みに耐えながら、みんな集められた教室で、校長が教壇で口にした言葉。
勝ち負け以前に、生き残れなければ意味がない。だから、何よりもまず、生き残れ。それができなかった君たちは、本当なら今ごろ人生終わってたってことを悔いて、悔しがって欲しい。
どれだけ弱くてもどれだけ無知でもどれだけ愚鈍でも、強者の靴を舐めたり、体を捧げるなりして、劣っているながらもできることはあるのだから。
嫌なら強くなるしかない。少なくとも手段を選べるくらいには。せめて、ちゃんと負けれるくらいには。
たったそれだけだった。
僕たちの反論を許さない。事実だから。僕たちは確かに死を感じた。僕は少なくとも、どうしようもなかった、と思う。あれは有無を言わさぬ死だったじゃあないか。
周りは俯いている。泣いている子もいる。
僕は――
「どうしたんだい? ブラウン少年。この中じゃあ、現状最優秀なブラウン少年」
「あの二人がいないのに、そんなの意味、ないですよ…」
教壇の上に誘われて、僕は校長先生を見上げ、答える。そうやって見上げながら、僕の心は俯いていた。
「いいや? 私は言ったよ。現状最優秀。あの二人を含めて、君が最優秀だと言ったのだよ?」
「……」
「どう優秀か。それはひとえに、唯一死亡判定が出てなかったのは君だけだった、という単なる結果だ。君にとっては、腑に落ちないかとしれないけれど、そんな偶然であっても、生死という観点では実力と言える。君のその魔法は、生存に非常に都合が良い。概念や因果に届かぬ範囲では、君の素質は頭抜けている。大質量を把握できる知覚と認識と想像力。それを手繰る質も量も両立できるだけの魔力量とその行使。初めての死と隣り合わせな戦場で、特異でもないのにあれだけできた君は間違いなく優秀だ。例年であったなら、勝利まで掴めただろう。今年は相手が悪かった。アレらは、あの異質な少年を測る為だけに用意したのだから。私は君や私の弟子を含め、あの異質な少年以外に、期待なんてしていなかったのさ。その宛ては外れた訳だが」
「……。ライト君はこう言ってました。『俺たちを測る為だけに合わせて用意された相手だ』と」
「おや? おかしいな。君はそんなことを口にするどころか、考えることすらしないたちだと思っていたが。やはり彼は凄いな」
意味深に。しかし、説明はしてくれない。
「誰が見たって明らかですよ。こんなの、ライト君が最優秀にきまってるじゃないですか。次点でライト君のそばにいた女の子。それ以外はみんな同列に……、同列に……」
抑えようとしていた泣き言が口から突いて出る。
「見識の違いかな? それとも君がズレているのか。まあ、今の君に幾ら言っても理解はできないか。せめて、君は、あの少年の影響を受けて変質したのだ、ということくらいは分かって欲しいが。もう、以前の君ではないのだよ。少なくとも、少々優秀なだけな凡人ではもう無い」
見ているものが、違っている。
「例外なあの二人以外に、君とこうやって話して時間を割いている。君は抜きん出た。あの二人の背を追えている唯一だ。悔しさと虚しさを本当に自覚できている、この中のただ一人なんだよ? それにね。君は一つ大事なことを見落としている。ライト少年が選んだのは自爆。わたしが最も重要視しているのはここでは生存」
学園長は、今度はかなり分かり易いところまで明かした。それでもブラウン少年に解せよと言うにはまだ無理がある。
学園長は期待をして、一拍子置いた。
それでも、まだ足りないと分かって、お節介を焼くように追加の説明をする。何に足りないか。教訓を得るに足りないから。悔しさや無念という原動力だけあって、それを昇華しないのはあまりに勿体無い。
「弟子は、結末は分かってて、止めもしなかった。消極的な自爆への、自殺への、同意だよそれは。たとえ、邪魔され、阻止なんてできないと分かっていても、足掻くくらいはすべきだったんだ。練習でできなかったことは本番ではより、できないものだ。難度が上がる」
「それだけの実力差が、ありました……」
「やはり。知覚していたのだね。動けはしなかったけど、意図せず、開いてしまった回路。岩の中から、外を遠望していた訳だ」
「はい……」
「目を背けなかったじゃあないか。それが皆、どうしてかできない。君はできた。根本からして、君は変貌した。この最初の授業にあたって。参加生徒の下調べは入念にしてある。入学前からの選定から、今に至るまで。最も正確に、私たちは君たちを把握している。その底も、実力の最大値も。君は、参加者たちの中で、中の上というところだった。活躍も無く、下手すれば序盤。粘って中盤前に脱落。見せ場無し。戦場の空気に障られて、おしまい。でも実際はそうはならなかった」
「予想を上回ったって、最後まで立っていられなかったら、いっしょじゃあないですか」
「立っていたのだよ、君だけは。死亡判定にならないこと。それが、私があの場で定義した、最後まで立っていること、だよ」
「……」
「反論したければすればいい。受け入れるし、最後まで付き合うつもりさ。だが、君にもうそれほどの余力はないだろう。疲れが、ほら。押し寄せてきている。だから、暫く。一方的に聞き給え。それが最も得られるものが大きい」
「……」
こくん、と力無く頷くブラウン少年。
脳の疲れというのは、不意にくる。一気にくる。先ほどまでの副産物であった集中という薬も切れつつある。
「あの二人と君。それ以外は、勝負の場にすら立てなかった。あの二人は、前提条件を最後の最後に破った。失格だよ。だから、君が最優秀。消極的にみて最優秀。消去法で最優秀。そういう結論に落ち着く筈だった。しかし、驚いたよ。君には死亡判定が出ていなかった。あの爆発で、だ。恐らく無意識に、だったのだろう。ほぼ自動的に、何か。君は魔法を展開した。君自身自覚すら無いだろう。君が叫んで唱えた魔法で聳え立たせた岩石では、アレに耐えられないと出ていた。だから消極的に見て、君が何か魔法を別で発動したということになる訳だ。加えて、あの爆発より質が上だったからこそ、その結果は齎された。だから、君は誇っていい。期待すらしていなかった中から君は、私の興味の対象にまで上り詰めた。凡庸でない。つまるところ。君はもはや、特異な者だということだ。目をかけることにするよ」
学園長はそう言って、僕を微笑みながら見ている。それ以上、続く言葉はなくて。
僕は何か言わないといけないのに、言葉にならない。
ぐにゃぐなゃと頭の中がうねっている。何か言いたいのに、何を言えばいいのか、何が何だか分からない。それに、酷く、眠気の波がぶつかってきていた。
校長先生は、そのまま出ていった。
集中が完全に切れ、後ろから未だ聞こえてくる、みんなの泣き声を強く知覚した。眠気が相殺され、気怠さが残る。けど、ここにはもう留まっていたくなかった。僕は、今のみんなと同じ気持ちで泣くことはきっとできないから。
そうして、ブラウン少年の回顧は締めくくられる。
不安に負けないくらい、強く……なりたい……。




