魔法使いに最初に必要なもの Ⅱ
もしもあの少女なのに既に魔女な上、呪われた彼女にこう問うたなら?
『魔法使いに最初に必要なものとは?』
その前に。わたしは、ヒトじゃなくて、化け物。それじゃあ、どうあったって魔法使いになれない。
わたしが、バケモノじゃなくて、ヒトとして生きていくにはまず何より――わたしをヒトでいさせてくれる何かが必要なのだと思うの。そしてその候補をわたしはやっと、見つけた。
だからこそ、怖いのだと思う。彼が、紛い物だったら、わたしはまた、絶望しながら、待ち続けないといけないの? 死ねないわたし。だからこそ、祈るの。運命に。
どうか。わたしを、すくって、ください。
彼女は迂遠に答え、縋るような祈りの言葉で、締めくくるに、違いない。
がちゃり。
「そろそろ出てきなさいな。あの少年が目を覚ます頃合いだよ?」
そう師匠は、生暖かく笑う。
数日前まではあった警戒はそこにはもうない。
右手中指の指輪を、見た。
腕輪だったものが、この数日で馴染んで最適化されるかのように、ひとりでにその形になって、何の変哲もない、金属光沢に似た艶が僅かにある、白亜の指輪。
(これの、お陰。ライト……)
「仲の良い人や恋人に送るそれとは違う。けれども、その価値は、つがいに贈る相互保持の証よりもある意味ずっと重い。一方的すぎて、どれだけなにを返せば釣り合うか見当もつかないくらい。だから、あんな目に遭っても、嫌いになるには到底足らない訳だ。君も大概だね、青藍。何かの間違いか呪いのせいだとこれまでは思っていたけれど、どうやら違うようだね。その趣味の悪さは魔女の証明として十分だよ」
指輪に婚約指輪や結婚指輪であるかのようにかこつけて言う。舞い上がった気分のままで居させてやろうという程度の優しさを珍しく見せていた。
「先生、これって、恋と言えるのかしら?」
ちょっとばかり食い入るように。彼女は師匠に尋ねた。
「疑問を持つようなら、まだ、どうとも言えないということさ。ま、そのうちわかる。遠くないうちに。今はただ、その幸運を噛み締めていればいい。君は生きる資格を確かに得たんだから」
扉が閉まる。足音は遠ざかって聞こえなくなった。
ここでじっとしてても、何も産まないのだけは確か。
だから、わたしは、これまでみたいに後ろ向きでいるのを止める。俯き続けるのはもう御免だ。
(だ、わたしを避けたり、嫌ったりしないでくれるなら、わたしはまだ、貴方と関わり続けたいの。ライト)
扉を開け、仄暗い部屋を後にした。
ライトを見つけるのは、そう難しくはない。
だって、あれだけ目立つ。
だって、あんなにも独特の気配。
わたしとは違って、隠れて塞ぎ込んでなんて、絶対しなさそう。
きっと、目を覚ましたなら、すぐ動き出す。
わたしに会いにくるとか、そういうことは多分しない。出会ったら相手してくれるだろうけど。
授業を受けるはず。彼は浮かれている。魔法に触れられるこの場所に。
どういう授業を受けるだろう?
やっぱり、魔法の基礎とか? だって、彼の魔法は尖りすぎてるし。彼自身も自覚してる。
実戦系はたぶん避けるだろう。実践系は、彼の尖り具合からして殆どがまだ糧にはできそうもないし。
彼は、魔法使いになりにきた。騎士としての約束された未来を蹴ってまで。
魔法使いとして、何もかもまだ、足りていないと彼は気づいている。これまでの経験を無理やり使っているだけじゃあ、騎士崩れのままだと。
こんな調子で。彼女は、彼のことを彼以上に分かっている。だからこそ、自分自身のことがよくわかってない彼の順序の間違えについて、彼女は気づいて、彼自身は気づいていない。
その分が、ずれとなる。つまり、巡り合えない。
わたしは、とことん彼を見誤りながら、彼を探して、空振った。
途中で切り上げて授業を受けたりして、探して。
そんなことをもう何日も繰り返しながら、ライトやラピス先生以外からも声を掛けられたりきて戸惑ったり、男の人から多く声掛けられて、これまでと態度が違いすぎて怖いものを感じたりと。
良くも悪くも新鮮な新たな日常。けど、結局、彼を見つけることはできていない。何故か、ずれる。巡り合わせが酷いくらいに噛み合わない。
その日も結局夜になって。
ライトの家の前で待ち伏せてもみたけれど、『流石にもう今日は帰れ。それに、俺の勘だと、早ければ今日だったが、どれだけ遅くとも明日には帰ってくる。なっ』、と家の主であるライトの師匠にお帰り願われてしまって――
「ライト。……。何処……?」
寝室で横になり届かぬ天井に手を伸ばし、疲れ、ぽとりと、布団に倒れ込んで、その日は、これまでにないくらい、あっさりと眠れて、得体の知れない息苦しさのようなものに夜中起こされることもなく。
心地よい目覚めの反面、思うのだ。
わたしは、未だ、ちゃんと、お礼さえ言えてない。




