魔法使いに最初に必要なもの Ⅰ
もしも少年にこう問うたなら?
『魔法使いに最初に必要なものとは?』
魔法使いとして第一に必要なもの? 決まっている。それは、我を通し切れるだけの強さ、だ。
少年はそう、答えるに違いない。
独り、三日遅れの、最初の魔法の授業を終えて。
学園長が口にした、学園長自身が思う、魔法使いにとって最も大切なこと。それは、生き残ることだ、ということを聞き終えて。
だから――自爆なんて愚行だと小突かれて。
体は未だ、重く、避けることも出来ず、無様に思う。
口を開き反論するくらいはできただろうが、しなかった。提供された土台あっての愚行なんて、情け無いにも程があるだろう?
そして今。
独り、病室? に取り残された私は、側の台の上に置かれた、フラスコに入った、トドメ色の液体を飲み干そうとしている。
その色で、無臭。なら、色も、選べただろう? ほら。もっと、あるだろう? 麦色とか。無色とか。
状況からして、回復薬の類だろう。
周囲。無数にある、空いたベッド。血や吐瀉物の跡は無いし、薬品の臭いも無い。だが、怪我人が出ないとは到底思えない環境。だから、つまりそういうことだ。
不安を押し込め、一気に私は飲み干した。
嘘みたいに軽い体。徹夜の疲れも戦いによる疲労も損傷も後遺症も無い。どころか、これまでに無いくらい、体が軽やかで。
傍に置いてあった、汚れや損傷などが無かったかのように除かれたローブを含めた衣装一式を纏う。
剣を――振りたくなった。そしてできれば――相手も欲しい。
少なくとも、ここではどうしようもない。
病室を出て、廊下の窓から見上げた日は高かった。
昼時といった感じでは無い。人はそれなりに行き交っているし、食べ物の匂いは薄い。
闘えるところ。闘えるところ。と、見渡すが、分からない。
人の流れが増え始めている。多くの講義の切れ目であったようである。幸か不幸か。
「そこの方々。済まないが、程良く戦闘できる講義を知らないだろうか? 未だ新入りなもので」
と、そばを通り過ぎた二人組に訊ねるが、
「それなら…―」
「おいやめとけそいつは」
「……」
「……」
何か感じ悪く、二人組は答え切ることなく立ち去っていった。ひどく感じが悪い。そして、察した。先日の行為が悪評になっている、と。
しかし、どっち、だ?
街での闘いか? それとも、あの最初の授業での闘いか?
ちらり。
こちらを向いていたいくつかの目線の全てが、逸れた。
「はぁ……。これくらいの力何ぞ、そう珍しいものでも無いだろう? なぁ……。はぁ……」
情けなくぼそぼそ呟いた。
宛てが無いのだ。ならどうするのか? 自分の足で、探るほかない。
病室に彼女もブラウン少年もいなかったし。あの先輩方は、もう学園を後にした後だろうということは、書置きに目を通して知ったし。
ならば――
びらり。
『貴様にも爆破の道、享受してやろう。魔力面での見込みは薄いが、その根性、実に爆発向きだ。なお、儂の爆破は非生物向けだ』
誰の書置きか署名無くとも分かる……。
人に聞くという手段が役に立ちそうにない今、これの講義の場所を知る術はない。そもそも、これの講義はおそらく戦闘ではないだろう。非生物対象ということは、多分、素材加工とか、地形変更だとかそっち方面だろう。
歩きざま、教室の中を伺う。
円陣を作るかのように集まって、中央には人間数人入れても余りあるであろう巨大な、緑色の幅広の壺。その高さは並みではなく、中の様子は跳んでみても伺えない。
というより、跳ねにあわせて、壺の頭身が伸びたように見えた。周りの目線の高さは変わっていないのだから、幻想の類だとは分かったが。
だが、私の望む方向性の授業では無さそうだ。だから、通り過ぎる。
そして、歩きざま、教室を見上げる。
さすが魔法の学園というだけあって、こういう配置もあるのかと思う。浮遊する魔法使いたち。箒に跨る者から、道具なしで空を舞う者まで様々。その教室へ向けて、プルプル体を震わせながら魔力を絞り出しながら、何とか廊下の天井にあるその教室へと入ろうとしては、落ちてを繰り返す者もそれなりに。恐らく入らないと授業を受けれないのだろうと推測する。
跳べば到達できる程度の高さに見えるが、間違いなく正規の方法ではない。だから、煙に巻かれるか、弾かれるか。
もし、到達できたとしても、これもまた、望む方向性の授業ではあるまい。
やり方が間違っているのかもしれない。そう思ってからはもう、早かった。
周囲を見渡した。教室や設置物ではない。対象にすべきは、人、だ。
最低でも、強そうな奴。できれば、力を偽っている強者。そして、最高なのは戦闘狂。殴るも殴られるも等しく好きそうな素振りを微かに漏らしていそうなやつがいい。
ん?
お?
胸を張って澄ました顔をして、血と消毒液の匂いを薄くだがたしかに纏った、生徒ではない、そう、教師。
真っ白で、乱れも破損も汚れもない白衣を靡かせる、その男に私は狙いを定めた。
「白衣の貴方。教師と見受けられる貴方。貴方の講義を受けたいのだが、どうすれば、いい?」
すると、差し出された、微笑と穏やかな握手が為の手。
そうして私は自ら、自身が最も嫌いである教師との腐れ縁のような友誼を、その時から結ぶことになってしまったのだった。