初めての魔法の授業 Ⅺ
(確かにこれは本気と言える。自身の存在を塗りつぶされてゆくような代償を払っての、自滅願望のような無茶)
(兎も角、言えるのは。今目の前に立つ相手は、私にとって、史上最強の敵であるかも知れないということだ。あの時の式典の場での元・師匠を超えているかもしれない。あの人はあの場で本当に本気では無かったとはいえ)
(錆の見える、今の自身の業で、これに勝てる、の、か……?)
(だが、やるしかない)
(私は確かに受けた。この決闘を)
(それに、こんなのを使ったなら、どうやったって当分は動けまい。彼女にとって脅威はあの魔女だけになる。それなら未だ、勝ちの目も残る、か?)
これは確かに決闘ではある。しかし、この一戦で勝ったとて、終わりではない。これは、集団戦であることを少年は忘れてはいなかった。
そして、油断もしていない。考え事に一杯一杯にもなっていない。だというのに――
「っ!」
カスッ! ッゥゥ!
(左後ろから、切られ、た?)
翻弄、されている。
大外を向きながら、離れるように、逆時計回りに回りながら、少年の外を抜けてゆく、槍の伸びた穂先の収縮。
「「呆けておるのか?」」
「もしそうだったとしたら、今のでけりはついていた」
少年は、鋭く剣を、振るった。
右手に癒着させて持つそれを、上から斜め下、外側へ、鋭く突き降ろすように。
その速度は、遠心力で加速しながら引いてゆく槍の穂先の速度を超え、
ギィィィィィィィ――
穂先の退く側面と、剣の突き立てられた剣先が、赤火の如く、擦れ合う。
少年が競り勝ち、
ドゴォォォォォォ――
槍の穂先は、土に埋もれ、
ジュウウウウウウウ――
覆ってきた土に、槍の穂先は溶かす勢いで赤熱を押し付けた。
土に熱を押し付けつつも、少年の剣による抑えによる摩擦による熱は加え続けられているが、収支はマイナス。穂先は硬さを取り戻し始め、少年の剣は、上方向へ弾かれる。それでも少年の手から剣は離れない。
そのまま、槍の引いてゆく穂先に乗り、駆け、一歩、二歩、三歩、低く鋭く、飛びかかる狼のように、鋭く低く、跳んだ。槍の戻る軌道の、内側へ降り立ち、背を低くしたまま駆けながら、
「†斥穂†」
間一髪。穂先が激しく振動し、うねる、その暴威の攻撃範囲を一瞥し、
「†旋断†」
低くした腰。ひねるような動きから、やや上方向へ向けて繰り出す、突き混じりな螺旋の斬撃で狙うは、槍の持ち手。回避が為の稼働難き、上腕二頭筋から、脇の間。
(貰った! ……っ!)
ギィィィァァアアアアンンンンンンンン!
少年の鋭い一発は、その刃先から刃元まで回転しながら滑らされ、少年の右腕は、無防備にならざるを得ない。
(2本目、ほぼ穂先だけのような小刀のような、短槍、だと……! 何処、から……。地面……か……!)
そんな隙を、難敵たる今の相手が見逃す筈も無い。
「†逆手穂刃猪突†」「†瞬断振†」
放たれる圧の質がより威圧的なものへと、変わった。
(絶対に、受けては、駄目だ! 斬られる方がましなくらいに)
右手から剣を離す意志と共に、剣の癒着は取れる。そして、左手への持ち替えをできる姿勢でもない。だから、真っ直ぐ落とすばかり。
それでいい。
そして、背後から迫る、遅れてきた巨大なる一撃がまだ残っているのだというのを、迫り来る風圧から感じる。
(この剣の特性。それを考えたなら、一撃まともに入れられれば、まだ目はある。だか、相手が相手。これが最後の勝機かもしれない)
(あとは、私が、耐え切れるかどうか。迫る、一連、二連、いいや、三連に)
少年は、食い、しばる。
鎧の特性を突き破るかのように、ほぼ穂先だけの短刀のような短槍が、少年の右腕を切り落とし、その振り下ろしたところから続きざまに、眼前の少年へと、
「†穂握刺突†」「†斥穂†」
少年は目をかっと見開き、自身の腹を、貫く振りして、腹を蹴り、目的の位置へとぶっ飛ばそうという動きに対して、腹部の臓物と脇腹の骨を差し出しながらも、踏ん張った。
鎧が斬り貫かれ、筋が裂け、肉と臓物が潰れ、骨が砕ける、音が響く。
崩れず、脱力もせず、ちゃんと踏ん張りきり、力み、口から血をこぼしながらも、少年は、嗤った。
ガシャァァンン! と、少年が意図して踏んだ、それ。癒着するそれ。そう。握りは、必要、無い。
その剣の癒着という機能。それが齎す、奇異なる手段。握れなくとも、それでも剣持ち、抗える。
これまでとはまるで違う。
恐ろしい程に勝ちに、拘っている。
失うものはないとはいえ、痛みは本物。
どうして、そこまで勝ちたいと思ったのか。どうして、そこまでやり遂げたいと思ったのか。
それはきっと、目の前の存在に勝ちたいだけの純粋なものでは無い。
少年はその時無意識ながらも、扉を、開けた。
「†圧†」「†圧†」「†圧†」「†圧†」「†宣誓:斬撃†」「†宣誓:一撃必殺†」「†宣誓:一刀両断」「†救誓:■■†」
少年の左足。癒着した剣を振り上げた一撃が、微かに早く。当てきった。放ち、きった。
衝突に耐えきれず、砕けてゆく少年の、左足先から左足甲までの骨。左膝。左股関節からら、腰、腹部の背骨を捻り砕き、あばらに広がって、粉々にして、そこで止まる。
崩れ始める、それでも意識飛ばさず、口から血を吹きながらも、相手を凝視し、崩れ落ちてゆく少年に、
「†逆巻戻ノ遠心†」「†往復走破ノ求心†」「†引切†」「†増幅振断†」「†鎧砕キ†」「†十八番†」「†必殺業†」「†回復不能破壊残心†」「†聖騎士装備内蔵属性:火」「†聖騎士装備内蔵属性:土」
断絶が始まりはじめた存在から、少年より僅かに一手、遅れて放たれる。
トドメのつもりであったであろう、もうただの過剰な無駄でしか無い一撃が、少年の背後、腰から上へと、残った臓物を潰し、焼き、にじってゆく。
当事者である二人だけが、一瞬が数十秒にも伸びるような感覚の中にいた。外から見たら、同時にしか見えなかっただろう。
少年が、腰から腹を弾け飛ばされ、骨砕け、上半身と下半身に分かれ、崩れてゆくさま。
ネクロマンサーが鎧の上から縦に真っ二つに、弾け飛ぶように断裂したかと思うと、残った左半身のみで立って、動かず、崩れてゆく鎧と、纏った肉がぼとりと削げ落ちて、露わになる中身。虚ろな目の、左半身だけの、断面をあらわにしたネクロマンサー。
少年は、薄れゆく意識の中、まだ、事切れず、左手で地面を押し、上体を起こして、何重にもかさなってぼやけて見える相手に向かって、振り絞る。
(かくにん、でき、ない……。さい、ご……。なら、あと……は……のこさ……な……い……。さい……しょ、から……こう、して、れば……)
「『ライトニング・ボルト』」
最初に、立ち戻って。後先なんてもう放棄して、ただ、確実に終わらせるべきだったのだ、と。
濃く黄色く見える、白くも、黄色く稲妻迸らせ、雷が、爆発のように、周囲を、いや、この世界を一瞬にして光り輝く白で覆い、占め、消し飛ばしたのだった。
初めての魔法の授業 FINISH
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