初めての魔法の授業 Ⅹ
「来たか」
スポッと兜を外し、綺麗なソプラノの、澄んだ声。
「うわぁ、ボロボロじゃないのぉ!」
可愛らしく快活そうな声だが、古ぼけた口調。
ネクロマンサーの呼び声の結果姿を見せた人物。その遣り取りと綻んだ雰囲気。触りだけで少年は色々と察した。そろっと立ち上がり、数歩ゆっくり退き、その二人から離れる。
そして、申し訳なさそうに俯き、近づいてこない彼女に、声を掛けた。
「よく、無事だった」
そう、肩を叩いて。
「責め、ないの……?」
「見誤ったのは私だ。君では無い」
「でも…―」
「でも、も何も、ない。あれは魔女だ。それも、自覚も力も経験もある。それに、類型を既に見ている。ヒントはあったんだ。気づこうと思えば気づけていた。私だけだ。君はそれを見ていない。魔女の伴侶。聞いたことは、あるか?」
そう、少年が言うと彼女は微笑を浮かべ、言うのだ。
「知らない」
はっきりと。
「そうか。なら、いい」
と、少年は澄ました表情をして目を閉じ、彼女から背を向け、その話題を打ち切った。
「待たせたな」
そう、少年の方へ近づいてきて、声を掛けてきたネクロマンサーの首筋についた紅い痣には突っ込まない分別が少年にはあった。
「成る程。魔力が足りなかった訳だな。全力を出すには」
少年がそう言うと、スポッとネクロマンサーは兜を被った。
「御明察。そういう君はそのままで大丈夫か? 時間が必要なら一日くらいなら待つぞ?」
「お気遣いなく。寧ろこのくらい損耗している位が最も調子が出る。それに、もう、五体満足だよ」
そう、手足の無事をアピールする。そして、
「再度確認しておきたい。これは変わらず決闘で、私とあんたとの闘争ということで変わりないか?」
「勿論」
「私の勝利条件は、あんたの全力の魔法を破ることか? それか、あんたさえ斃せばいい?」
「君は俺を斃すだけでいい。勿論、魔法を破ってくれてもいい。どちらか一方を満たせば君の勝ちということにしよう。でも、願わくば、真正面から俺を打ち破ってほしいものだ」
フゥオン!
彼女が、あの魔女に後ろから手を回され、両手と胴を抑えられ、何処かへ、空間跳躍した。
だいぶここから離れて、気配はある。人質ではない。彼女はそこまで弱くはない。私が彼女と最初に遭ったあそこの正体が、私の思う通りであるならば。
そういえば、彼女の、初対面から、口調の変化。雰囲気の変化。最初の方のあれらは何だったのだろう?
「雑念だらけだな」
「無駄にはならない。私は、そのお蔭で、あんたを全力で斃そうという気概で満ちているのだから」
「よく分からない奴だなぁ、君は。とても、ズレている。気にすべきところを大きく間違えているみたいに」
「こちらの台詞だ。レイス先輩。あんたこそ、やってることがちんぷんかんぷんだよ」
「必死、なのさ。言葉通り。君も残念ながら、遠からず分かるようになるだろう」
「……」
「……」
言葉が途切れ、そして、
「じゃあそろそろ」
「そろそろ」
「「やりますかぁぁぁぁぁ!」」
重なった掛け声。
闘いが、再開される。
初動。二人の動きは大きく異なっていた。
少年が選んだのは、攻勢。剣を喚んで、真っ直ぐ深く斬撃を放った。
ネクロマンサーが選んだのは、守勢。少年に向かって真っ直ぐ突っ込むようでいて、姿勢を低くし転がるように、少年の横を抜けていった。
(強化も無し。何の準備も無しに素で、避け、た……? 装備による補正の類か? 先ほどまでは抑えていたのか? そんなことより、訳がわからない。後ろに退くなら未だしも)
疑問に思いながらも動きは止めず、振り返っての振り上げるような横薙ぎを少年は放ちながら、気付く。
ぞくり、とするようなぴりつき。それは、圧。質が変わった。気配の質が。脅威の質が。魔力の起こりの気配は捉えられなかったが、今、何かが、変わった、と。
咄嗟に、止め、退いた。
「†穂切†」
すんでのところを、槍の穂先が通り過ぎてゆき、前髪が、切れ、落ちた。この正騎士としての装備である全身鎧の兜を容易に切り裂いての一撃、ということ。
一見さっきと同じ。鎧の中にいる。あの槍を持っている。兜の下の表情は伺えないまま。ただ、脅威の桁が、違う。
さっきまでが準正騎士〜正騎士下位程度だったとするなら、今は、どう見積ったって、正騎士中位以上。
「遺骸は、無い、と言ってたような気がするが」
噴き上がった汗が一瞬で冷たく引いていく感覚にぞくりとしながら、そう少年は尋ねる。
「「創りおったのだ」」
「そうか」
混じり気味な二重の声。老いつつも力強い声と、澄んだソプラノの声が混じり、不協和音のように。そして、それよりもずっと強く主張してくる、業という名の証拠。
死者の蘇生でも、死者の操作でもなく、死者を降ろしたのでもない。再現し切ったのだ。その肉体も。精神も。浸食されてゆく程の質で。




