初めての魔法の授業 Ⅸ
「俺の全力を君にぶつける。どうか、逃げず、死なず、やり過ごしてくれ。別に、勝ってくれても構わない」
口に出されたお願いは奇妙なものだった。
「仮にもこれは決闘、と言っておいて、か? 逃げる理由はない。それにここでの死は仮初にしかならない。あんたの力は仮初の死にも作用する、とでもいうのか?」
「分からない。試したことはない。だが、多分、作用……してしまうだろう……」
「こんな学園にいて、これまで一度も?」
「俺は体感で8年はここにいるが、誓って一度も」
「それは難儀な……」
「俺の全力。何をもって全力とするのかはっきりしなかったが、思いつく限りのうち、試していないものはたった一つだけ」
そう言われて少年は嫌なことに気づいた。
提示される卒業の為の条件、それは必ずしも、分かり易い形で提示されるとは限らないということ。解釈の余地があるかもしれない、ということだ。
目の前のネクロマンサーのお願いを聞くこと、それに危険があること。そこを少年は嫌と思っている訳ではない。
だから、未だ、話を聞き続けている。
「俺の、最大魔法。それを君にぶつける。確実に言えるのは、これ打つとどれだけ小さく事が収まっても俺か君の何れかは唯では済まない。最悪なら両方とも共倒れになる」
「自爆魔法か?」
「違うとも。俺はネクロマンサーだ。それと、決闘中ではあるが、加えて一つ、お願いがある」
「構わない」
「内容を聞かず首を縦に振ってもいいのかな?」
「悪意は感じなかった」
「じゃあ。耳を塞いでくれ」
と、少年に言い、少年が耳を塞いだのを確認したところで、すぅぅぅ、とネクロマンサーは息を吸い、そして、
「ライラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!」
荒野に、誰かの名前が、響き渡った。
呼ばれたその誰か。ライラという名の誰か。
少年たちの地点から遠く離れて――
「おっ! にししし。出番みたいだねぇ」
高くキンキンとしていて、そして少しばかり、ひしがれた声。そんな声の主が、青藍の上に馬乗りになって首を絞めながら、声の聞こえてくる方向を向いていた。
それは、目つきの悪い、楽しそうな猫っ毛な小さな赤毛の目つきの悪い、褐色の肌の少女。先ほどまで、踊り、扇動を行っていた少女。少年が青藍に助けるのを任せた、あの少女である。
つまり――どちらもが、罠だった、ということだ。
「けど、どうするかねぇ。あんたぁ、放っといたら邪魔しそうなんだよねぇ~。あっしの旦那様の」
馬乗りになられている青藍。ローブのフードを外されており、髪は乱れ、その顔には、打痕がある。赤く腫れているだけに留まらず、青痣のような紫掛かった損傷も。鼻は折れていないし、目も潰されてはいないとはいえ、口元は赤く血で滲み、歯は何本か、折れていた。
そして、今は、その顔色は、赤く、青褪めていっている。既に流れている鼻水混じりな涙と共に。
首に掛けられたその手を剥がそうと足掻く青藍の手。その爪は何枚か割れ、何枚か、剥がれ落ちていた。それに比べ、短く切られ綺麗に整えられた損傷の無い爪の、敵の少女の手。明らかに青藍よりも筋力があり、ああやって踊り続けて、声を出し続けて、全く疲れる様子が無かったフィジカルは残念ながら嘘ではなかった。
「まっ、いいさね。弱いあんたにゃ、邪魔はさせないよ。決闘は男の華。許されるのは、僅かな手助けと、見届けることのみさ」
そう言い、その少女は、青藍から手を放す。
「……?」
苦しそうに衰弱しながら、地面に未だ伏したまま、訳が分からないと戸惑うばかりの青藍。
「割り込まないなら一緒に見届けさせてやるって言ってんだよ!」
そう、首根っこを掴まれ、持ち上げられ、その少女は、少年並の速度で加速し、青藍を連れて、呼ばれた方向へとつっ走ってゆくのだった。




