初めての魔法の授業 Ⅷ
睨み合う。
互いに攻め手に欠ける。だからこそ成立している。だが、時間は、少年ではなく、ネクロマンサーの味方。だから、ネクロマンサーは槍を地面に突き立てているが、少年は、剣を構えたまま。
「確かに君は強い。あの広場での闘い。あれからもう日を跨いだのだから、情報は出回っている。君が魔法使いらしかなぬ武闘派なことも。そんな君のできることの幅も」
損耗させた筈の相手の身体が、修復していく。そのさまを見ていることしかできない。削るべきは肉体ではない。肉体では、意味がない。幾らでもこのような修復を行えるというのなら、物理ばかりの少年に手立てなど、あるものか。
業も使った。所作に組み込む類の基本の動きや業未満といえるような基本業に加え、明確な名付きの業も使った。それでも、修復限界を超えた損傷を与えられなかった。
なら、魔法という手は? 先ほど一発放っただけで、疲労を露わにするざまで? まだ、打とうと思えば打てるだろう。だが、あと、何度? それが決め手にならなければ、こちらの負けだ。そう、少年は結論付けていた。故に、動かない。動け、ない。
「知られたとて問題ないこと。故に、見せた。だが、それも、先ほどあんたに披露したのに比べるとほんの一部でしかない。まだ見せていない引き出しは余りある」
少年は強がる。学園での生活はまだまだ続く。だからこそ、札を見せたくは無かった、というのもあった。それでも、そろそろ本当に、肉体的にも無理をせねばならないかもしれない。
少年にとって、砕けた足で地面を蹴り、跳ぶことはその無理には入っていない。なら、その無理と言うのは一体何を削る行為になるのだろうか。
「だから、互いに体を休めて睨み合いを続けていられる今のうちに、俺の目的を話そうと思ってね」
「今更、か?」
「君にも得はあるよ、ちゃんと」
悪意は、感じなかった。だから少年は、
「ならいい」
鎧は纏ったまま、剣だけは、虚空に消した。
向かい合って、腰を据えるように、地面に座り込んでいた。
「俺の卒業試験。それは、俺の全力を見せること。卒業条件は聞かされていない」
ネクロマンサーは勿体ぶることもなく、そう口にした。
「そんな馬鹿げた条件……ある……のか……」
少年はそう頭を抱える。
全力を出す。一見、簡単に聞こえる、という者も多いかもしれない。しかし、ある一定以上の力や規模を持つ者にとってはそれは不可能に近い。
例えば。全力を出したなら、その反動どころか、全力を出す起こりの時点で全身が弾け飛んでしまう者が、全力を絞り出したら?
例えば。水を消す魔法を持つが、消したら元に戻せない者が、自身の全力でその範囲を人の集まる砂漠のオアシスがオアシスである所以である水を跡形もなく消し飛ばしたら?
例えば。魔法が、同性異性異種族問わない魅了であり、使えば、目に見えない極小の生物かどうかも怪しいような菌やウイルスといった生物から、目に見える虫や、植物や、同族である人間や、それ以外の獣たちに一目散に迫られると分かっていても、それが自身の全力の定義に当てはまるからと使ったなら?
「ふふ。ライト君。条件は人による。試験が始まる前に条件を満たしていたなんてこともあるくらいだ」
「?」
当然少年は首を傾げる。それは、試験といえるのか、と。だが、聞けば納得する答えが用意されていた。
「つまり、入学が決まって足を踏み入れた時点で既に個々に応じた卒業試験も試験での達成条件も、用意されてるということだ」
「試験と達成条件は、分かれて、いる?」
「そう。達成条件と、試験の開始条件は別々。達成条件は前もって満たしていても有効。試験の開始条件が満たすと、達成条件が明かされ、達成条件が前もって満たされてるかどうかが明かされる」
「随分面倒な……」
「危険人物じゃないという担保でもある訳だから」
「そういう理由だとしたら不十分なような気もするが……」
「誰であっても、未来の責任なんて取れないだろう? 分かるのは積み重ねた過去と、今だけだ」
不意に言われたその言葉に、少年は襟を正した。
「という訳だ。ライト君。教師除けば、卒業間近の者か卒業生くらいしか知らない情報。満たせなければ、この学園から自由になれない。永遠に」
成程。そういう、意味だったのか、と腑に落ちたらしい少年。これは前準備だったのだ、と。次の話を切り出す為の。恐らく、このネクロマンサーが卒業の為の条件を満たすために必要な何かの為の。
「レイス先輩。そんなことは些細なことだ。夢に挑む資格すら得られないこと何かと比べたらな。まぁ、不便は嫌だが、自由になれなければ死ぬ、という訳でも……。……」
今まで気づかなかった。出れなければ、確かに、自分は困る。助けるべき対象が、外にいたなら、ここに囚われたままの自分には何もできない。自身の夢が夢なだけに、いつか訪れる、救うべき者が、何処の誰になるかも、どれだけいるかも、どこにいるかも分からないまま、ここに永遠に閉じ篭っている訳にはいかない。
もしかしたら、これは酷く不味いことに気づいてしまったのではないか、と、袋小路。
「何か思うところがあったようだな。じゃあ、報酬としては十分かな?」
「……。私に、何をさせたい……?」
少年は、頷くことも首を振ることもなく、そう、答えた。




