初めての魔法の授業 Ⅴ
酷い光景が広がっていた。
目つきの悪い、猫っ毛な小さな赤毛の少女が、魔法使いたちを扇動するかのように、動かしている。
何やら、指示? というか、檄を飛ばすように、煽り煽り、それに乗った、というか、多分その小さな赤毛の目つきの悪い少女によって意図的に集められたのであろう十数人の魔法使いたちが、集まって、積極的に、一斉に、爆発の魔法を、後先考えずに、兵団側に放っている。
そして、兵団側はというと、兵団側の一番偉そうな、明らかに装備が一段階上な、皮とかじゃああなくて、騎士用の、少し赤色掛かった、角ばった荘厳なフルプレートを身に纏った騎士が持つロープの先に、ぐるぐる巻きで繋がって傍で立たされている、目の下の隈が目立つ、ひょろ長く、髪が、眉下まで簾のように垂れた前髪しか無い茶色の髪の、青白い少年。その後ろに、兵団側の残りの兵士たちが百人程集まって、隊列を組んでいる。
騎士が、その手に持つ赤黒い槍を突き立て、空を横薙ぐように振るい、魔法による爆発は、弾かれ、対象に届く前に暴発する。大半はそうだったが、迎撃から打ち漏らした数発が、後ろの兵士たちを吹き飛ばす。
槍を地面に騎士が何度か突き立てると、青褪めて震え出した兵士たちが、十数人。青ざめているが震えてはいない、無表情で傷を負った兵士たちが数十人。突撃、していく。数百メートル離れた魔法使いたち側へと。
そして、魔法使いたちはバテている。非常に苦しそうに息をあげながら、片手の数に収まる程度の爆発の魔法が放たれ、狙いのいい加減なそれに、直撃はせずとも、掠り、腕や足が吹き飛ぶ恐慌した兵士たち。胴で受け、欠損は無くとも斃れ、力無く立ち上がる生気の無い兵士たち。
「あんな騎士、間違いなくいなかったぞ……。それに、あの中身、空だ……。あの顔色の悪い奴の魔法か……」
全身鎧の兜の、目の辺りの複数空いた覗き孔の先が空なのを、少年はその馬鹿げた視力で捉えていた。そして、上手く庇ってはいるが、動きや所作の起点が、鎧の先、ロープにぐるぐる巻きの、ひょろ長く、髪が、眉下まで簾のように垂れた前髪しか無い茶色の髪の、青白い少年であることに気づいたいた。
「ライト。片方を抑えるだけじゃ、駄目よ、多分」
「判ってる……。しかし、どちらも単純じゃあない順当な魔法使い型だ……」
「じゃあ、片方が壊滅するまで、待ってる?」
「まあ、それもありだろうが、まずそもそも、あの二人は正気、か?」
「?」
「殺しの経験。ありそうには見えない。少なくとも、あの目つきの悪い少女は」
「え……。この戦場も、いる人も、全部、本物……? 違う……よね……? ねぇ……。ねぇ!」
「違うとも。だが、君が偽物と信じきれない程だ。他の奴じゃあそういう疑念すら抱けない。最初から決めつけているなら未だしも。それに、新入生だというのなら、限りなく現実染みた幻影なんて知らないし、味わったことすら無いだろう。私だって予習を受けていなければ信じきれなかっただろうよ」
「……」
「君の師匠であるあの学園長。そして、君自身も。この手の魔法の使い手なれば。何も、聞かされてないか? あの空間に踏み入る前、個室で、君も何だかの説明を受けたのではないのか? 私なんて、意味深な感じで、気を付けろよ、って言われただけだ……」
「……」
「言いたくないのなら言わなくてもいい。さて。やろうか。隠れていたって終わりそうにはないのは間違いないと思う。それに、どうやら、嫌な予想は当たっていそうだ」
岩肌の奥、中から微かに伝わってくる、音。
(五体満足の十を超える遺体。そして大半の、損耗が少なく、意識弱まった怪我人たち。未だ余力があるのだ。未だ残っている材料に気づいたなら――そう、最悪を考えるのならば――こう、なる訳だ)
だから、少年は、言う。
「行くぞぉおおおおおおお!」
そして、少年は、岩陰から飛び出し、一目散に走り出す。
「っ、待ってよ! もうっ!」
少女は、自身の足元を、薄紫色の微かな靄と共に、地面から微かに浮かせ、少年の後を、音なく、滑るように加速しながら、浮かび進み、追いつこうとする。
そして、背後。もう数十メートル後方となった岩肌。
グゥウウウウウウウウ、ドゴォオオオオオオオオオオオオオ!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああぁあアアスゥウウウウううううううううううううグレイィイブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
響き渡るブラウン少年の叫びと共に、少年たちの後方で、剣のような穂先を持つ岩の巨槍が、針山のように、咲き乱れて、無数に無数にそり立っていた。




