初めての魔法の授業 Ⅱ
踏み行った際の足音が、重なり合うように一斉に響いたかと思うと、爆発音が、風圧もなく、響いた。
扉を抜けた先は――戦場、だった。
正確には、戦場の光景を俯瞰するように見ることができる場所、である。
昼の荒野。それなりに岩場などの遮蔽物、崖や禿げ山といった高低差のある地形が入り乱れた場所。
散在する魔法使いたち。
せいぜい5人くらいの小集団になるよう分断された、魔法使ではない戦士たち。騎士ですら無い。
魔法使いたちは、誰も彼もが、同じように、爆発の魔法を使っているらしい。この地形も、最初からあったものではなくて、彼らがこの衝突のさなかで計画的に構築したものかもしれない。
そんな戦場が、透明で巨大な球の中に映し出されている。戦場の音をも放っている。
ここは、そんなものが中央にある、白く、広大な場所。
私の視界に収まる程度ではあるが、それは距離が数メートル離れているからで、近づけばきっと、視界に収まらないほど大きい。
だから、向こう側は見えない。しかし、後ろに壁も扉も無い。
ただ、先ほどの、自身のとも重なった数多の足音。
誰も動き出していない。だから明らかだ。全員が同時に、この大部屋というか、部屋というには大きすぎる空間へと、足を踏み入れたようであるらしいことが分かった。
大きな弧を描くように等感覚に、手と手を伸ばして届かない程度の距離を開けて、初期位置として定められた場所に、私たちは降り立った、ということだろう。
師匠から説明は無かったがこれまでも踏まえて分かった。あの学園長、時の魔法を使えるのだろう。そしてそれを、悪趣味に使用している、という訳だろう。
そう。悪趣味。
多分、碌でもない方向に進む、と思っておいた方がいい。
見渡す。彼女を、探す。
くそっ。戦場の光景が邪魔だ。大仰に驚いてくれていたりすれば、分かり易いというのに……。
いた!
手を、振り始めたから。彼女の方が私に先に気づいたようで。
しかも、ローブのフードを脱ぎ、彼女である、というのを、他に同じことをやり始める輩が出たとしても分かり易いように。
黒と見紛う程の暗く、濃い藍色。軍勝色。そんな色合いの、肩下に掛かる長めのボブの髪の毛から突き出た耳は、尖っている。眉が見えるか見えないかくらいの長さでおかっぱな風の前髪の下、大きな黒い目。薄い睫毛に覆われた、大きな両の目。昨日よりもだいぶ元気そうに見える。青さがとれた、血色のよい白い肌色。閉じた唇は、薄く、そして、色は、微かに蒼い。顔は小さい。鼻は高い。
他の動揺したり、腰抜かしたり、リアルだけでも触れることのない、血飛沫の襲来に狼狽している者たちをガン無視して、私は弧を描くように、彼女へと駆けよってゆく。
最短距離を選択しなかったのは、変に私自身警戒し過ぎだったのかもしれないが、まあいい。
そして、今。
並んで立っている。座り込んでいてはすぐに動き出せないから。
「どう、思う……? 恐らく、過去の何処かの光景の記録、だと、私は思うが」
「ライトみたいにわたしは知識無いし……。ライトがそう言うなら、そうだと思うわ」
心なしか、彼女は楽しそうな表情を浮かべている。
それを見て私は安心した。彼女は微塵も、この光景が今や未来ではなく、疑いようもなく過去の記録であり、触れられない、変えられないものだと確信している、と裏取りが取れたからだ。
つまり、彼女を通して、あの学園長の手段の傾向を見た、ということだ。
「今は、真顔か悲嘆にくれた表情をしておくべきだ。少なくとも、これだけ鮮明にこんなもの前に、経験の裏打ち無く、普通にいられたら、不味い。周りを、よく見て」
そう言うと、彼女は周りを見て、気づいたらしい。
だから私は念押しした。
「ここは戦場の音で騒がしいし、皆々今は動揺している。だから、大丈夫だが、周りを見始めたなら、この光景に動じないなんて、それどころか、笑っているなんて見られたら、どう、なる……?」
「ごめん……なさい……。浮かれてたの、わたし……。だって、こうやってまたライトに出会えて…―」
「危ないっ!」
私は彼女を抱え込むように、地面を蹴り、左前方へ、跳んだ。
先ほどとは違う、岩と砂でじりっと肌が削れる感覚。爆発系統の魔法由来であろう硝煙の臭い。
片手に剣を喚び、構えずにはいられない、叫びのような衝突と金属の重低音。
「青藍、すまないな、急に」
そう懐の彼女に声をかけると、彼女はぎゅうっと私を抱きしめた。
過剰ではないか、と思って後方を見たが、納得した。地面が、吹き飛んでいる。彼女が立っていた辺りだけ、きれいに……吹き飛んでいた……。
(やってくれたな……糞ったれ……)
予想中の最悪の一つに近似している。というか、一つの最悪そのものだ。
他の小さな者たちの恐怖の叫び声が聞こえる。そんな彼らの断末魔もいくつかその中に混じっている。喋り声や怒号。歓喜の声で、爆発系統の魔法とは明らかに違う魔法の文言を行使する声も。
そこは、間違いなく、もう、戦場の真っただ中だ。それも、先ほど見ているだけのときよりもずっと混沌としていて、決して私たちの身は安寧ではない。