稀有なる光魔 Ⅵ
「呪い、か?」
思い浮かぶのはそれしかない。彼女が、先ほど、学園長に言い掛け、遮られた何か。
彼女は涙を拭い、微笑を浮かべながら、言う。後ろにやった手。震えているのを隠そうとそうしたのだと分かった。
「そう。呪い。ライト。……。私の姿、どんな風に見えてる?」
そう尋ねるのは、彼女自身にとって怖いこと。そして、かえってくるであろう答えは、自身が傷つくものであろうこと。
それでも、覚悟して聞いてきているのだから、包み隠さず答える他、無い。だが、非常に不味い。何が言ったらいけないことなのか、分からない。
呪いだとかいうのだから、禍々しさでも漂わせているのか、というと全然そんなことはない。容貌に自信が無い、とかだろうか? これだけ整っていて? いや、あるかもしれない。見目麗しい者の中には時折、自身に対する美醜の評価が逆転しているかのような者がいる場合があると聞く。
だが、彼女が望んでいるのは、恐らく、本音だ。
……。
「ローブから、顔を出してくれ」
そう言うと、彼女は、少し戸惑いを見せつつも、
バサッ。
露わにした。
黒と見紛う程の暗く、濃い藍色。軍勝色。そんな、色合いの髪の毛がたなびいて、長めのボブ、ロブな髪型。前髪は眉が見えるか見えないかくらいの長さでおかっぱな風で。肩下に掛かる程度の長さの側髪の横から覗く、尖った耳。
「縁起の良い色ではないか。隠す理由が見当たらない」
「っ、そう?」
くるっ、とその場で回ってみせる彼女。
そう。とても似合っている。変なところなんてまるで無い。
「それに、容貌だって整っている」
彼女は回転を終え、乱れた髪を手櫛で整えるかのように、額から、左右に髪を分ける。成程、そういう分け方をするのが普段から癖になっているのだろう。
「大きな黒い目だ。薄い睫毛に覆われた、大きな両の目。病人のような青白い肌色が、目元周りだけ、少し赤らんでいる。閉じた唇は、薄く、そして、色は、白に近い。顔は小さい。鼻は高い。髪の毛から突き出た耳は、尖って、いる? 確かに、少しばかり異様ではあるとは思う。少々現実離れしている、といえばいいのか。だが、言うなればその程度だ」
「……」
俯く彼女。
何がまずかったのだ、と焦り、歩み寄るって、覗き込むように尋ねる。
「……。大丈夫、か……? 怒っては、無いよ、な……?」
ぽたっ。
私の頬に触れたのは、
涙。
焦り、見上げる。
「ほん……と……? 見え……てるん……だね……、わたしの……こと……ちゃん……と……」
「見えているよ。成程、それらが、君の呪いか」
私は、凡そを察した。
私も、あまり余裕は無かったらしい。
彼女と共に歩いて、この上下を逆転させられた視界を強要される奇妙な城をあとにした。
そうやって、街へ戻って、気づく。
「道が、分からない……」
「えっ……」
「いきなり馬鹿騒ぎにぶち込まれたんだ。街中走り回って、ぐるぐるぐるぐる。はぁ……」
「じゃあ、街、案内しよっか?」
「お願いできるかな? どうせ、迎えは期待できないし。ふ、ふぅあ~~~~~」
「よかったら、また、来る……?」
と、彼女が、掌に小さく渦を展開し、見せる。あの森が見える。
「ふふ。お願いしようか。しかし、まだ、いい。眠気はまだ十分我慢で…―」
「貴様ぁあああああああ! 探したぞぉおおおおおお!」
背後からの大声。
振り返ってみれば、見覚えのある男の姿。
明緑色の、長さの異なるぼろきれを幾重にも重ねたようなローブを来た、ちゃんと顔を出した、私と同じくらいの背格好の、獣のように赤混じりのオレンジ色の毛で獣のように毛むくじゃらな、茶黒い肌色の、くすんだ緑の目をした、猛禽のように獰猛そうな眼付きの、年配らしき圧ある男だ。
「あっそういえば……。本当に申し訳ありませんでした……。あれだったら、あんなことしなくてもよかったですね……。咎めは謹んでお受けます」
「その意気は善し。なれば、赦そうぞ。……。隣は、うむ、見覚えが無い。人の顔は忘れんたちなのだが……。儂としたことが耄碌したか?」
そう、目を丸くして、年配の男は首を傾げる。
「……。ラピス先生の……内弟子……です……」
彼女は、恐れを抱きながら、そう答えた。そりゃ、怖いだろうさ。今ので確定といってもよさそうだ。姿が化け物か何かに見える。声が化け物のそれに聞こえる。恐怖のような圧を周囲にばらまく。恐らくこの三つ。
そして、恐らく、私が彼女の右腕に嵌めた、光魔が、それら三つを、無力化しているか、人との会話に問題ないくらいに抑えている、といったところだろう。
あまりにも何も聞けなかったから、予想するしかない。そして、そうなると、加えて一つ。嫌なことがある。彼女の呪いは何とかなった訳ではない、ということ。
……。早いうちに、あの学園長に問い質す必要がある。
いつまで保つのか、と。
「な、なんと! 呪いが解けたのか! これはめでたい」
「先生によると、そんな甘いものではない、そうです。ですが、これなら、わたしも、授業に出てるかもしれません! わたし、青藍っていいます」
彼女はそう、希望をもった声で言った。
「がはは! めでたいめでたい。希望は見出せたということか。ここでは稀有なものだぞそれは。逆に、希望が潰えて絶望してゆく奴ばかりだからのぉ。善いものを見せて貰った。ウィル・オ・ライト。青藍。こいつをやろう」
年配の男が二人にそれぞれ一枚ずつ渡したのは、
文様が書かれた、赤熱色の、3センチ四方の正方形の割符だった。その証拠に、黒い二重丸が半分に掛けたように刻まれ、中央で途切れている。
少年と彼女が、互いに貰ったそれらを合わせてみると、きれいな二重丸の文様になった。
「儂の講義への鍵だ。講義室の入口で、同じようにすると善い。入口の文様と反応し、扉が開く。儂が教えるのは主に、触りは土系統の魔法となる。興味があるなら、来るといい。入口は、貴様ら自身で探すのだ。そういう伝統なのでな。ふはははははは」
バンッ、と煙たい白煙。
それが消えたら、年配の男の姿は消えていた。
「げほげほっ、……ん?」
少年は、自身の手に、割符以外に、何か押し込まれているのに気づいた。
それはくしゃっとした紙を丸めたもの。
何かと思って広げてみると――
【始末書】
【対象者…ウィル・オ・ライト】
【処罰…儂の手伝いをせよ。未だ卵たる貴様でも務まる仕事、荷物運び、だ。危険は無い。唯面倒なだけの、な。】
【期限…無期限】
【失効要項…儂の講義の鍵の破棄を以て、失効する】
「はは……。これは、行かねばならない理由が増えたな」
「そうね」
隣で彼女は微笑んでいた。
稀有なる光魔 FIN
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