稀有なる光魔 Ⅴ
「嘗てそれは、世界中に溢れていた。あるときは雨の一滴。あるときは、蛇のような生きたナマモノ。あるときは路傍の石。それに決まった姿形なんてなかった。空気のようにありふれて当たり前に存在していたそれに、名前がついたのは、それが数を減らし、その影響が現れた頃だと言われているんだ」
間髪入れずに始まったが、まくしたてるように勢い止まらず喋るから、こちらが突っ込む間が無い。
「魔法が、使えなくなった。誰でも、息を吐くように使えた魔法が。その原因の究明のさなか、それは発見され、名前を付けられた。光魔、と。光属性の魔法の素。それを光魔と呼ぶことにする、と」
「闇属性の魔法の素は簡単に見つかった。これには特別な名は付けられなかった。しかし、既存の言葉や概念にそのままくっつけられた。呪い、と呼ばれるものが、それにあたる。これは素にして既に完成品であるという、他とは異なる性質があるが、語り始めるときりがない」
「後は数多の魔法の素。色のついた魔法の素が、数多に存在していることが発見された。それらに名は付けられていない」
「何故それらが魔法の素として同定されたか。それは、魔法が使えなくなった人間たちが、どうにかそれを取り戻そうとして、魔法に必要な共通の最小単位を、見つけ出そうとしたからだ。その結果、いずれかの魔法の素を摂取すれば、その分量で行使することが可能な限界値に、使用者の魔法出力能力を掛けたリソースの魔法を最大、放つことができるという発見がなされたのさ」
「……」
「……」
「もう、口を開けてもいいよ。質問があれば答えるから」
「呪い……、ラピス先生。私の呪い、解け…―」
「解ける訳がないだろう?」
「っ……」
出端を挫くようなあんまりな対応。そして、学園長のその冷笑に、少年は確かな苛立ちを感じた。
「少年、君は肩の力を抜くべきだ。それにこれはわたしの、彼女へ対するやさしさだよ。少年。君が思っているよりも、呪いというのは、重々しくて、どうしようもなくて、逃れられないものだ。それこそ、死にでもしない限り。酷ければ、死ぬことすら赦されないことすらある」
「知って……います……」
「君が、か? 確かに見聞きしたことはあるのかもしれないね。しかし君、当事者になったことは無いだろう?」
「……」
俯き、耐える。
「なら、黙っておけ。それこそ、当事者になるつもりでも無いのなら」
「経験なら……あります……」
やめろ……。言うな……。
「ほぅ」
あぁ、あぁぁ……、
「亡き母が、そうであった、と、聞かされています。私は覚えておりません。自ら鍵を掛けたのか、それとも、父が私に封をしたのか。何れにせよ、もう死んだものとされている私には知りようがありません」
言って……しまった……。
「後悔する位なら、口にするべきでないよ? 君のそれはとても褒められたものではない。明確な意思や決意があってそうしたという訳でもないし、彼女の為だからと曝け出した訳でもない。その虚栄のような無意味な挺身、心底気持ち悪いよ」
「ラピス先生、言い過ぎです!」
「言い過ぎも糞もないよ。ライト少年は自分に酔っている。ガキ臭い夢に引き摺られて、ね。分かって引き摺られてるなら別にいいんだ。だけど、こいつは、流されているだけだ。そして、そんな身勝手で、決して少なくない数を不幸にして、ここに立っている。そのことを忘れて、立っている。わたしはそういう類の愚か者だけは、どうしても、嫌いで嫌いで、仕方が無いんだよ」
「……」
少女は、沈黙する。悲しそうに俯く。申し訳なさそうに、少年から顔を背ける。
「自覚していますよ。私は確かに台無しにした。確かに踏みにじった。だが、私は選んだ。自身の意思で。誰に強要された訳でも流された訳でもない。選んでそうした。そして、それで終わりになんて、絶対にしない。私はその為に、生きて死ぬのだ」
「……。治らないものだね。言葉で言って治るようなものなら苦労はしないか。君のように拗らせた者はここでは多い。君のそれも根深いものなのだろう」
「入学者のことくらい、多少なりとも調べてはいる、でしょう?」
「それはわたしの所轄ではないよ。君を入学させることを決めた、あの莫迦に聞いておくれ」
隣を、見た。 塞がった壁。少年は常人よりも耳がいい。その向こうから聞こえてくる、壁越しだが、確かに部屋が軋むような音。
「……。折角意識逸らしてたのに」
「歪なものだね。色恋を知らないのに、そういう知識があるというのは」
「騎士の世界なんてそういうものです」
「ふむ……。凄いね、騎士というのは」
「元・騎士の私がおこがましいですが、確かに、凄い環境でしたね、ある意味……」
そう、懐かしくも、切ない過去を思い出す。
コッコッコッコッ――
コッコッコッコッ――
長い廊下を歩いている。
学園長は話を終えると、私たちに、二人で帰るように、と言われ、こうなっている。
まあ、確かに、あの学園長がいては話しにくいこともあったし、私にとっては渡りに船ではあったが。よく考えると、彼女は聞きたかったこと何も聞けなかった終いではないか?
「そう、暗い顔をしないでくれ。私のために声をあげてくれた君がそうやって暗い気持ちのままなのはいたたまれない……」
「わたしが要らないこと言ったから……」
「そんなことはない。嬉しかったよ」
「そう?」
「あそこではっきり意思表明できたのは君のお蔭さ。君に聞かせた泣き言の通り、私はまだまだ、引き摺っている。それでも、だからこそやらなければと、奮い立たせてはいるけれども、やっぱり中身の無い虚勢さ。ふわっとした憧れから始まった夢。そこに強い理由付けも、誰が為もない。そして何より、未だ、誰も助けられていない」
「わたしじゃ、駄目?」
彼女の足が、そう、止まった。
「?」
意味が分からず、私も足を止める。すると、彼女は言った。
「ライト。わたしを、助けて」
そう、彼女は、笑顔を浮かべながら、泣いている。




