稀有なる光魔 Ⅳ
ビュゥウウウウウウ――
夜風。だからだろうか。思わず、寒さにぶるっとくる。
「青藍。赦しておやり。ライト少年は慣れていないのだよ、そういうことに」
「ごめんなさい……。わたしの為、なのに……。……。…………。………………」
少年は、頭をあげた。
動揺する彼女の顔と、そんな少女を優しく見守る彼女の師匠たる学園長。
「何というか……、私はどうも、こういう感覚が麻痺しているところがあるらしい。今度からは気を付けるよ。私も師匠から初めて渡されたときは、顔をしかめたんだった」
「そういう、ことじゃないの。わたし、ちゃんと、喋れてる……。ここ、外、なのに……?」
と、立ち上がって、震えながら動揺をあらわにする彼女ではあるが、それは悲嘆だとかとは違っていた。
「ライト少年が君に嵌めてくれたソレのお蔭だね。大切にするといいよ」
いいの? と、彼女の顔に書いてある。
勿論、私の答えは決まっている。構わない。 と、頷いた。というか、寧ろ、いいのだろうか? そんなナマモノ、手に巻き付いてて気持ち悪くないのだろうか?
「君はもう少し、人の心の機微を学ぶべきだね。全くなってないという訳ではないのだけれど、ズレているんだよ」
「はい……」
「君のことだから、ここで過ごすうちにそのうち何とかなるだろうさ」
すると、
「ラピス先生。少し、二人きりにして貰いますか。終わったら、呼びにいきますので、部屋の前で待っていたください。どうか」
彼女が手を組み祈るように、学園長に頼むと、学園長は驚いた表情を見せたかと思うと、穏やかに息を吐いて、頷いて、部屋をあとにした。
「ライト、君? で、いいのかしら」
「そういえばお互い名も言い合っていなかったな。ウィル・オ・ライト、という。ライトと気軽に呼んでくれ」
「じゃあ、呼ぶわよ。ライト」
「どうした?」
「……」
「何か、まずかったか……?」
「いえ……、何でもないわ。それよりライト、何も聞かないのね」
「わざわざ小突く必要なんてないだろう? 嫌なものは嫌だ。誰だってそういうことはある。それに私は既に、君にだいぶみっともなく色々と愚痴に愚痴った。要するに、迷惑をかけている。それに、先ほど君が姿を消す羽目になったのも、恐らく私の落ち度なのだろう。加えてさっきのアレ……。もうヘマはできない。私は君と仲良くやっていきたいのだよ。青藍」
「っ……!」
彼女は少し顔を赤くしている。
「一目惚れ、というやつか?」
振りかぶった彼女の手が、私の頬をぶっていた。
「……。なら、照れ臭かったのか?」
「はぁ……。何でその言葉が後で出てくるのよ……」
「騎士の世界って偏った場所だったのだな……」
「そりゃそうでしょ。魔法使いの世界も大概だけどね」
「じゃ、改めて頼むよ青藍。長い付き合いにしよう。それは友好の証、とでも思ってくれたらいい」
「ふふ。そう、ね」
彼女は微笑を浮かべ、私の手を握ってくれた。
あの森の世界の終わりに見せた彼女の雰囲気。声の変化。気になることは確かにある。だがそれ以上に、私は彼女と仲良くしていきたいのだ。本当にまともな人間が稀有だろうことは間違いないこの場所で、話の通じなさも、悪戯な嘘や、悪意も向けて来ない、普通の相手なんて、きっと、砂の中の金の一粒に等しい。
渡したものに価値あると知ったとしても、渡す前には不要なものだったことだし、そう考えると、友好の証として渡すに丁度よくなったともいえる。……おい、まだ私を見るのか、蛇のようなナニカよ。いや、光魔、だったか。
そういやこいつは何なのだろう?
ぎぃぃい、バタン!
「それはわたしが説明しよう!」
腕を組んで、学園長が登場した。
彼女が呼びにいくからと言っていたのを忘れたのか? わざとだ。たぶんこういう人なのだ。今の師匠とも関わりがあるっぽかったし、そう考えると、この人は師匠の師匠、という可能性もある訳だ。成程。厄介な性格をしているのは間違いない訳だ。




