稀有なる光魔 Ⅲ
隣の部屋。
師匠は当分、莫迦者な状態から治ってくれそうにないし、長話するなら、向こうで、と、いつの間にか目を覚ましていた、確か、たたらさんに言われたのだ。
ま、馬に蹴られる趣味は無いのだし、ということで、私たちは移動した訳だ。
「成程、そういうことか。光魔の一種、だね、それ。わたしも実物を見るのは初めてだよ。そいつはそれだけ希少なモノだ」
紫のローブの学園長が、隣に座る彼女の手をとりながら、そう言った。
私たちは輪になって座っている。一面の大きな窓の月明かりを明かりにしながら。
「物って……。どう見てもナマモノなんですがこれは……」
つぶらな黒い二つのまなこを持った、鱗の無い蛇のようなそいつは、透明な舌を出し、こちらを見ている。
「というか、蛇とか、平気……?」
と、腕にそれを嵌めているというか、巻き付かせてよしとしている彼女に尋ねるが、彼女は、それを気に入っているようで、こくん、と頷いて、また目線を落として、うっとりした目で見ていた。
「君、光魔だよ、こいつは。間違った名を与えちゃあ駄目だ」
「無茶言いますね」
「無茶でもやって貰わないと。そうじゃないと、これは、力を失うよ」
そう学園長が言うと、彼女の表情がこわばる。そして、震えはじめる。
「力、とは?」
「君は性急だな」
「いや、だって、彼女……」
「手順というのは大事だよ。手続き、といってもいいかも知れない」
「……」
「可哀想とは言うまいよ。今のは君の短慮のせいだ。さて。光魔は嘗てはありふれた生物だったといわれている。私が生まれるよりずっと前のことさ。なお、私の齢は、数百に及ぶ」
「えっ……?」
「魔女なんてだいたいそんなものだよ。一部の例外か、幸運な一握りを除いては、ね」
薮蛇しそうだったから、突っ込むのはやめた。
「善い心掛けだ。あの莫迦者のように君がならないことを祈るばかりだよ。アレはなまじ才能だけはあるもんだからほんと、たちが悪い……。…………」
と、何か思い浮かべてる様子。何か長くなりそうだし。放っておくことにした。
「大丈夫、か……?」
「うん……」
彼女は辛そうにしていた。
「おなかでも痛いのか……?」
「ちがう……よ……」
「君、あの森ではもう少し元気だったし……。なんだか、声を出すだけでも結構きつそうだし。だからっといって、病人という感じではない。体力に痂疲は無さそうだし」
「わかる……の……?」
「騎士だった頃の師匠に教え込まれたんだ。手札を測る目を持て、と。コツを掴めばそう難しいことではない」
「そう……じゃなく……て……」
「すまない。胃薬は持ち歩いていないんだ。癖になると碌でもないって、これも騎士だった頃の師匠に……。あっ……」
右の靴を抜いて、その踵部分を弄る。水や泥を弾く小さく、くしゃっと圧縮された袋。……臭い……が……それは、足の臭いとか、泥の臭いとは違う。
「すっかり忘れていた。兵糧丸と呼ばれる薬。そのうち、腹を下したときようの、痛み止め。臭いだけでも効果がある」
彼女は、顔をしかめ、鼻を塞いで、少し怒ってこちらを見ていた。
「……。済まなかった……。聞くべきだったな。臭いが、抑える術はある。どうする、と」
ビュゥオウウウウウウウウ――
突如、強い風が、横から。
一面の窓が、消えていた。透明なそれは、消失して、外の冷たい風が、流れ入ってきたのだ。
学園長が、圧のあるまなざしで、こちらを見ていた。この風でもローブはめくれず、顔は見えないが、強い抗議の圧を目線から感じざるを得なかった。
言葉無くとも分かる。この人に、私が言うべきは言い訳でも理屈でも何でもなく、ただ――謝罪の言葉だ。
「ごめんなさい……」
そう、膝をついて、頭をついた。




