稀有なる光魔 Ⅱ
こくり。
こくり。こくり。
すぴ―。すぴ―…バチンッ!
「っ! 何だっ!」
「ぷっ、ふふ。ご機嫌、よう。くっ、はははははっ、あははははははっ、っと失礼。ご機嫌よう」
紫のローブ。深く被られていて、顔は見えない。背は、私並みに、高い? 並の大人の男より大概背の高い私と、同じくらい? ともかく、大人であるのは間違いない。社会的にではなく、通例的にも大人といえる年齢でなくては、女性でこの背の高さは極めて可能性が低い。
あのときは認識阻害でも掛かっていたのか知らないが、今度のはちゃんと分かる。何だか、少し、酒焼けしているような、低めの声だ。力強さと、圧のある、ハスキーな声だ。
それよりも……。
「ご自身の杖の心配、された方がいいかと……」
自身の鼻ちょうちんを、悪戯する子供のようなノリで、きっと、この人はつついたのだろう、と予想はつく。
「おやおや。何のこれしき。ほら、ね」
魔法の起こり。詠唱の気配。魔力の残滓。共に、無し。
だが、こんなの、魔法以外、無い。
「で、どうして貴方が彼女を?」
と、魔法使いの後ろへと、回り込むように、声を掛けた。
「先ほどぶりだね。名も知らぬ君」
慣れないながらも、上手く私は微笑めているだろうか。さっきがさっきだ。気まずいとも。当然。
だが、それ故に。それはそちらも同じで。だからこそ、私は気づけた訳だ。その紫の魔法使い、学園長の後ろ。引っ張られる裾。隠れた影。薄くなっていようとも、確かに、気配。気づくともさ。
「あちゃあ……。うちの可愛い弟子は人見知り……えっ……? 君、もしかして……? 影響を、受けていない……?」
はぁ……。もう、沢山だ……。私を振り回す奴の相手なんて、今日はもう勘弁だ。
「何を? もう勘弁してください。無駄に意味もなく意味深なのは。私は疲れています。へとへとです。一日の徹夜でバテるほどヤワではないですが、それでも、自身の能力の一時的な低下は免れない。睡眠を蔑ろにする者を、私は軽蔑しますよ。明日ちゃんと、貴方の面倒くさい話は聞きますから、取り敢えず、師匠、どうやったら助けられるのか、お教え願えますか?」
腕組みし、苛立ちを抑えつつ。
「はぁ……。簡単だよ。掴んでみるといい。そして、取り出すんだ。たったそれだけだよ」
「……」
私は呆然とするほかなかった。
(えっ、ナニコレ……)
ボォォォォォォゥゥゥゥゥゥ――
光の塊だ。
具体的には、白い光でできた、長さのあるブレスレットのような。それが、強い光を発している。暫く目を瞑ざらるを得ないくらい。
さりげに、私の右手の指先に残っている、光の珠よりも、ずっと強く、光り輝いている。
で、そんな私の後ろでは、というと――
「遡り完了。体力と魔力はこれで元通りな筈だ。これで懲りたなら、悪ふざけは止す様に」
「はぁい、ラピスせんせぇい」
あぁ、莫迦やっている。師匠、あんたって人は……。だが、もう大丈夫そうだ。傷口は跡形もなく塞がっている。魔力量の変動は分からないが、元気になりすぎてそうなのは、まあ、見たら分かる。げっそりした感じもなくて、血色も健康体そのものだ。
ガツゥゥンンン!
「いてぇ……」
「弟子を持ったのだから、しゃんとすべきだよ。さもないと、他者が君のことを、名前呼びでしか呼称できない呪いを掛けるよ。ふふ」
「御免なさいっ!」
布団の上で、あの人、ははぁっ、って跪いたよ。……。あそこまでふざけた人、だっただろうか……?
「何だか新鮮だ……。私の師匠がまさか、あんな頭の中莫迦だとは……? 君の師匠は多分、変らず、なのだろうね」
何だか、彼女は私が手に持つコレに興味を示しているらしい。
まあ、私からしても不思議なモノだし。師匠曰く、私から出たモノ、であるらしいが。あの孔は、私があけたものなのだから、まあ、そういうことなのだろう。
で、私もそろそろ、この状況を何とかしたい。
気まずいのは困る。少なくとも、この学園に来てから、まともな人格してそうな人間に、彼女以外私は出会っていない。
私の平穏が、多分、ここを逃せば無さそうな気がする。
この手の、予感は、かなりの確度……。どうしか、したいところだが……。俯き気味でありつつも、コレを見ているし、学園長の方へ行ってしまいそうな感じが無い今のうちに。
「お近づきのしるしに、あげようか……? こんなの傍にあったら眠れないし……。あ……、要らないか、はは……」
(あぁぁぁぁぁ……。駄目だ……。こんなもの要らないだろう、絶対に……。俺だっていらない……。睡眠妨害の唯のゴミだ……。さっき咄嗟に師匠の布団に埋めても、全く意味無かったじゃあないか……)
「い……る……」
と、私がそれを持つ手を彼女は掴んでいた。
「無理……してない……?」
だって、あまりにぎこちないし、震えているようだから。
「だい……じょうぶ……」
「そうか。じゃあ、つけたい方の手を出してくれ」
「……?」
「だって君、まだ目、慣れてないだろう……? 私は慣れたよ。そもそも私由来の光らしいし、これ。私の適性は、雷の魔法。だからなのか、この中のカタチがはっきり見えている。遠慮することはない。というか、これ多分、まともに見えないと付けるの無理だ。継ぎ目がほぼ見えない。私でも辛うじて、だぞ。爪すら引っ掛からないのに」
こくん、と彼女が頷いて、右手を差し出したので、私は、何故か、そんなうっとおしく光り輝く光の腕輪になっている私のその珍妙な魔法? を、彼女の腕に嵌めた。
すると――部屋は、暗くなった。元のように月明かりが、窓の面から入ってくるだけの。
腕輪の光は消え、彼女の右腕には、白く半透明な、小さな蛇のような頭を持つ何かが、腕輪の形になって巻き付いていた。
鱗はない。きっと、すべっとした触り心地なのだと思う。
そいつを見て、思う。
つぶらな黒い二つのまなこ。何か、、彼女ではなくて、私を、見て、ない……か……? それに、何、だ? 私が触っていたときは、金属の固い板、のような触り心地だったし、こんなナマモノの気配なんて、無かったぞ……?




