稀有なる光魔 Ⅰ
「待て! 疾過ぎるわ、貴様は!」
そう結構離れた後ろから言われ、足を止めた。
「なら、場所を教えてください! 貴方の足に合わせていては、間に合わないかもしれない!」
中央。
城。
その獣のような赤毛の年配の男に、連れられ転移で連れて来られた先。
そこは、宙の彼方。
上下が逆な、奇妙な城。
逆立って、落ちることなく立っている。
紅い絨毯の足元が、真上。アーチを描いた天井が下。窓から差す月光が、上から下に振り下ろすように差すのではなく、下から上に振り上げるように差している。
視覚だけが、上下逆転している。
体は、天たる赤い絨毯の足元にくっついたままだ。
「こんなんで、まともに案内できる訳が無かろうがぁああ!」
確かにそれは尤もだ。尤も、ではあるのだが……。
「転移で師匠の元まで運んでくれてればよかったじゃあないですか!」
「最初に降り立ったあそこだけしか、ここでは転移魔法は使えんのだっ!」
「じゃあ、貴方はどうやって私を師匠の元まで連れていくおつもりですか!」
「これ…―」
ダッ、ガシッ!
「頂戴します」
と、少年は、一瞬のうちにそれを奪い取り、そのまま、彼方へと駆けていった。
「貴様ぁアアアアア! 使い方分からんだろうがああああああああああ!」
と、聞こえる声が遠くなっていった。
手にしているのは、蛍色の平たい丸石。
何やら、脈打っている。
取り敢えず、分かったのは、その脈動は特定の方向に進めば大きくなり、それと反対方向に進めば、小さくなること。
つまり、分かった。
これが大きくなり続けるように進んでいけばいい、ということだ。
生憎、こういった視界に対するまやかしには慣れている。積んでいる訳だから。訓練。
魔法使い相手でも戦うときの術。それは、魔法を受けた経験の質と種類と量。意外と、役に立つものだ。使わせていただきますよ。死蔵させて助けられないよりはずっと、いいですから。
あの獣のような年配の男は確かに言った。
「貴様の師が、貴様のせいで死ぬ寸前だ! 来て、助けよ! なにぃぃ? どうやって、だと? 知らん! 来れば助かる。ただそれだけしか聞いてはおらぬ! なにぃぃぃ? わしは回復は専門ではないのだ。わしの専門? ふははははは、見ての通り、爆破、よ!」
……。
余計なこと考えず、兎に角急ぐとしよう。
扉の前に着いた。熱を持って、掌の中のそれは脈打っている。
だが……。
(どう、開けろ……というのだ……)
目の前に広がっていたのは、壁面に垂直に、円形の盤のように存在する、……何、だ……?
目的地はここで間違いない筈なのだが、どうしてここだけ、扉が、違う……?
掌のそれが無ければ、これが扉とは断言できなかっただろう。先へ進むには、これを抜けるしか、無い。
圧があり、恐らく用意された正解以外を赦さない、だろう。
別に凶悪な獣のような口とかの意匠がある訳ではないが、魔法陣みたいに、幾何学的な模様が、幾重にも重なって彫られた茶色の巨大な円盤のようなそれが、何やらの護りの役割を持っているだろうことは容易に予想できた。
……。
知るか! こんなもんまともに相手するのが馬鹿らしいわ!
苛立った私は、隣の部屋への普通の扉の前に立ち、剣を喚び、切り刻んだ。
上下反転が解けている。別に酔わんわ、こんなもので。
そのまま、その何もない物置のような部屋へ踏み行って、壁を切り刻んで、目的である部屋へと足を踏み入れたのだった。
「はぁ……。お前ってやつは……」
と、ベッドの上の師匠。
それと、傍に背もたれのない簡素な椅子に座って、ベッドに上体を寝かしつけている、というか、眠りに落ちている、見覚えのある人物。あの下水の先で見た人物だ。
「……。大丈夫、そうですね……」
確かに、顔色は悪い。血の気が無くて、げっそりしている。
「まぁ、なんとか…―げふぅぅ……」
血反吐。
全然大丈夫じゃあ無さそうだ。
「どうすれば、いいですか……!」
「はぁ……。これ、お前、解除できねぇ、か?」
布団をのけ、ローブをまくし上げる師匠。脇腹に空いた孔。焦げるように燃える断面。流れる、血。それでも、血の量は少ない。傷口が絶えず、ヤスリなどで削られ、それが削られたそばから修復していく、というのを繰り返しているかのような光景。
「私がやった……やつですね……。でも、どうして、今になって……」
「俺が、聞きたい……。ぐふぅ。すまん。ちょい横になる。もうすぐ学園長戻って来るだろうから、詳しくは……。うっ……!」
取り敢えず、私は待つことにした。そうすることしか、できそうになかったから。無意味に先走った自分自身に後悔しつつも、何だかんだ、大丈夫そうな師匠を見て、安心できたから、というにもあったのかもしれない。




