儚く虚ろな闇色の瞳 Ⅶ
それが、本来、誰にとっても誉れであることは間違いないのだ。この私以外なら、誰であろうとも。
城は、いつもに比べて格段に人が多かった。若輩者であるというのに、浮き足立つ訳にはいかない。騎士になるだけではなく、率いる者にもなるのだから。それに――責を背負わずにいられるのは今日が最後。騒ぐなら明日の叙勲、そのあとで。
最もらしい理由で、私は逃げた。逃げ切れないと分かって。
きっと、諦めていたのだと思う。諦めなからばならないと、他者を理由にしていたのだ。
こんな者に、騎士の一団の長を冠する資格はない。
それでも、明日には相応しい者でなければならない。私にーー彼らを裏切る権利などありはしないのだ。
私をここまで教導してくれた、私に、それがたとえ私にとっての結局の絶望に繋がる道だとしても、魔法の資格なき者として見切られ閉じる運命から彼らは救ってくれたのだ。
まだ、腐る訳にはいかない。やって、それで、腐り落ちるのだ。彼らに返せるだけ返して、終わりにするのだ。
私はなんとか自分を誤魔化し切ろうとしていた。
掬い上げられてもまだ、私は本質的に独りだった。誰かに相談できていれば違ったのだろうか?
わたしは独り、雨に打たれた。見向きすらされなかった頃からずっと、わたしにとって、そうしていることだけが、安寧だった。吹き付ける雨が体温を奪う。感覚は冷えきり、鈍く、消える。空気と雨に、そうして溶ける。在りながら、この世界から消える。いなくなる。
そんな空の感覚が、私にとっての安寧だった。そうしている間だけは、この肥大した思考が止まってくれるから。
しかし、今日は駄目らしい。消えたあと、他のものが内から浮かんでくる。
それは、過去。回想。最初に抱いた、誤ち。
魔法使いになりたい。そうして焦がれて、ずっとわたしは燃えていたのだ。その道が拓けるのならば、ほんの微かであろうが開けるのならば、全てを投げ捨てても、構わないくらいに。
私は自身を見出してくれた者を棄てた。自身を引き上げてくれた者をすてた。他から見れば凡そ最上の結果をもたらしてくれた者たちを裏切った。
その日、どうしようもなくて、叫ぶように空に叫んで、兆しは、雷の一筋となって、目前の巨木を両断し、その断面を消し炭にした。
否応なく分かった。それは私が引き寄せたのだと。操ったのだと。魔力を。
魔力というのは、何も自身の中にだけあるものではないのだ。
私の叫びは、体外の、それもはるかとおくのそれを引っ張り落とした。
これは紛れもなく、魔法の才だ。その後雨の中一日中叫んでも、ただのいちどすら再現できなかったそれを、わたしは信じた。いや、信じ込んだ。偶然とは思えなかった。私の思いの、力による、帰結。
もう、止まらなくなった。とても体が軽くなった。心に浮かんだ雲は晴れた。
今日まで教えてくれた全ての者たちを切り捨てて、私は叙勲を、台無しにした。
「――、と……。思い、出した……。小賢しくも、書き換えていたのか。記憶とはそういうものだ。確かに……そういう……もの……だが……想像していたよりもずっと、私は、腐って、いた……」
立って、いられなかった。
崩れ、堕ち…―
「もう、いいわ。……。どう、声をかけたらいいか分からない。ごめんなさい、曝け出させてしまって」
私は……。何をしているのだろう……。
彼女に、支えられていた。向かい合って、重い重い私を、その全身で、抱え、支えるように。私は力なく、彼女の背に、上体をもたげた。
剣も鎧も、消えてくれていた。
何か、苦しかった。
「うぐっ……うぅ……」
「先に、見たのに……。言わせて、ごめん……なさい……」
彼女の雰囲気は先ほどのものとは変わっていた。
背丈が変わった訳ではない。だから、真正面から私に抱き着いて、それでも、彼女の両手は、私の上体に届いていなかったのだ。
苦しいけれども、
「あぁぁ……」
嬉し、かった……。少し、楽に、なれたような……気がして……。