騎士叙勲辞退 Ⅳ
引っ掛かるように擦れただけだ。だというのに――
ィィンンンン! ブゥオゥッ、ドゴォオオオオンンンンンン!
最初の一合。私の左手の剣の切っ先と、師匠の右前足の交差で、大気が揺れ、風圧の壁が、拡散するように、周囲数十メートルを地面ごと、吹き飛ばした。
普段とは全く違う。
動きが違う。姿勢が違う。熱量が違う。
鎧のヘルムが互いの顔を覆い、手足の輪郭と、その細やかな動きの先触れを隠しているのだ。私の目は、武器として利かない。先をとれない。先読みすらままならない。
それでも、反応できて、鍔迫り合い、何故か、耐えきっている私。本来なら、流し、地面に落とし、いなすべきところ。だが、この武器が、別の選択肢を与えてくれている。
真っ向から受ける、という選択肢。
普段は選ばない選択肢だからこそ、味わうこととなった、普段とは段違いの剣圧。
キィィン、グギギギギギギ!
足が半ばめり込みつつも、私は崩れず踏ん張れていた。
剣は重みを消してくれる訳ではない。正騎士の武器としては、私のこれは、特殊効果の数は少ないのだと思う。試す時間も猶予も無い。手探りで色々やってみる他ないが、不味い制約の類さえ、こちらが引かなければ、何とかなるかもしれない。
だからこそ――
ぶつかり合う、左側足の湾曲部と、私の剣の根元。私の剣が、下からの受け側で、師匠の左側足の湾曲部が、上からの攻め側。
ゾクッ……!
経験測か、予感か。
(詰、む……!)
左横へと流すように、剣を傾け、上から加えられる重みが一瞬抜けた。斜め前に、引くように剣を降ろしながら、地面すれすれに前へ倒れ込みながら、地面を蹴った。無理も無理な無理やりな動き。体の筋が軋む音を鳴らしながら、抜ける。
私が先ほどまでいた地面が、抉られるように、断絶し、吹き飛んだ。
弧を描くように、反時計回りに、その衝撃から距離を置きながら、師匠の方を向いて構える。
(見えない……。だが……、長引けば、削り切られるのはこちらが先。こちらの武器は壊れる気配はない。衝撃は、いなせば、耐えられないものではない。だが、師匠のは、鎧もそれと一体化した武器も、私のより硬い)
土煙の中へ、突っ込んだ。
(この剣は、軽い。だからこそ、空振りは致命的な隙には決してならない。この武器にも鎧にも、疲労を緩和したりごまかしたりする効果は無い)
そして、剣を振り、振り、手応え無く、反対側へと抜けた。
思った。
剣の腹を、地面と水平にして、扇ぐように、払う動きで往復させた。
土煙が吹き飛ぶ。
い、な、い……?
抉れた地面の下? 地面の踏み心地は、土のそれだったことは確認してある。なら、あぁ。そう。上、だ。
前へと、飛び込むように転がった。
緊急回避行動を、躊躇なくとれるし、それによる怪我の心配も薄い。派手な特殊効果は無いが、それでも、とても、使いやすい。
後方からくる衝撃に、私は吹き飛ばされるように転がりつつ、足を地面につけて、踏ん張り、剣を構えたら、もう、斬撃…―蹴、り……? 砂埃と共に、どちらかの側足による、横薙ぎのような、こちらの右の胴を狙った一撃。
剣の持ち替え……、あぁ、くそっ。デメリット発見だ……。
一拍子、遅れた。ひねり、無理やり右の脇の下から脇腹の辺りまでの守るように構えた剣の横っ腹に…―
ブゥゴォオオンンンンンンンン!
脳が、揺れた。何とか、砕けたり潰れたりはしなかった。
それでも、口から吹き上げてきたものは、私の内側に確実に一撃入ったことを示していた。
苦し、くとも、構えねば、ならない。
ゴォン、ガコォォンン!
防ぐ。ぶつけて。いなす余裕ももうない。もう、片手持ちでは無理だからと、無理やり両手持ちして。
時折挟まれる、側足での押し潰しと斬撃の混ざったようなそれだけを見極め、避ける。
そう。攻め手が、無い。
私には必殺技の類なんて無い。地力の差で圧倒するのが、最も合理的で隙が無く、確実という師匠の教えの通りに。
だからこそ、相手が悪過ぎる。
必殺技が無い。決め技が無い。それでいて、普段の動きは、知られ尽くしている。私が知る以上に、師匠は私の動きを知っている。そして、師匠が今見せているそれは、私にとって、全くの未知。
(せめて、武器が、持ち替えられれば)
左手ではなく、右手だけが、癒合している。
(…っ。もし、や……)
左手も添える。右手を放す。もう左手に癒合は移っている。
来た、両前足を十字させて、こちらに放ってくる斬撃をその交差点で受け、流すように防ぐ。
(私だけではない。師匠にとっても、今の私の装備での私との相対は、未知なのだ。らしくなく、連撃が少ないことに今になって気づくとは……)
来た、両前足の、今度は――突き! ここまでとっておいて、これで終わりは無い! 薙ぎ払いが来たのを、右へ抜けるように地面を強く蹴って、跳ね、避け、
(その動き、鈍らせていただきます!)
後ろ左足と臀部辺りを、上から、刺し回転を加えながら、引き抜いた。
肉を切り、骨を削る感覚。砕くにも、両断にも至らない。それでも、十分だ。本来なら、こんな無理やり。武器が壊れる。だが、そうならず、この手からも握力関係なく、武器が離れないというのならば、こういう無理は、今は無理ではないのだ。
……。頬を、掠って、左側足の切っ先が、生えている向きに逆らって、天へと繰り出されていた。
反応、できなかった。重心が崩れ、狙いが逸れて、助かっただけだ。加減された訳じゃあない。今の。間違いなく、切っ先が傾くのがこちら側だったら、貫かれて、潰れていた。私の頭。
そうして、横薙ぎというか、振り下ろす斬撃に切り替わったそれを、身体を捻り何とか避け、自分の体に下へと降りきったそれを、上から、剣で地面へと押し付けた。
キィィィ、ドゴォオオオオンンンン!
めり込んだ手応え。
そのまま、師匠の背を蹴り、足場にして、更に、回り込むように、師匠右足後ろ側へ。両手で握り、着地。全力での一撃。
断・絶…―、き、れ……、な……、い……。
ガァンン!
強い弾力に、弾かれたかのよう、私は後ろへぶっ飛んだ。
辛うじて、地面に足を刺し踏ん張って、ギリギリ構えて、見えた!
地面を蹴り、反射し、飛んできた、鋭い一撃。それは、右側足の一撃、ではなくて、右手に持ったそれによる、一撃! 振り上げと、突きの混ざったような、普通の突きとは全く違う一撃。
跳ねるような衝撃が、受けた剣越しに伝わってきて、身体は耐えきれず、吹き飛ばされるように浮き上がる。
師匠は駆けるでもなく、残った方。左手のそれを構える。
距離は離れたから、なら、多分、今度は、投擲による、居貫くような一撃。軌道を読めないよう、地面への反射を一回、挟んでの。
避ける、しか、無い。追尾効果を今まで温存していたなんて顛末にならないことを祈るしかな…―
ブゥオォアアアアアンンンンン!!!!!
「がぁはぁぁぁ……」
背後。爆ぜるような、痛みと衝撃。
師匠、ではない。この魔力の気配。間違えようが……無い……。父、上……。
視界が、霞む。
それでも、師匠の、膨れ上がった闘気を確かに私は捉えている。来る。トドメに足る一撃が、来…―
「ふざけるなぁあああああああああ! ウィル・オ・ウィスプぅううううううううう! 息子を捨てた貴様にぃぃいいいい、『その資格は無い』っっっっ!」
闘いが始まってから、一度たりとも、口を開かなかった師匠が、叫び、赤黒く色付いたオーラが、宙を舞う私の横を、通り、
(あぁ……。師匠……貴方だけが……。だからこそ、ごめんなさいではなくて、今日まで、)
「ありが……とう、ごさ……い…―
私を、見て……くれ……)
過ぎ、た…―
騎士叙勲辞退 FINISH
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