儚く虚ろな闇色の瞳 Ⅲ
今にしてみれば、あの人たちが私に見ていたものが何なのか、よく分かる。分かるような年に私がなったのか、過ちに気づいたが故なのか。
そんなことどちらでもいい。
ただ、あの人たちは――夢を、見ていたのだ。私に。
騎士というのは、何かを守るモノだ。
そんな騎士たちが夢見るものは、大きく分けて三つ、だと言われている。
一つ。何か大切なモノや弱いモノを、脅威から守る。英雄譚のような大それたものから、人助けのような、手の届く範囲のものまで色々だ。
二つ。カタチなきものを守ることだ。名誉であったり、自負であったり、云うなれば、心だとか、感情とか、そういったものだ。ふわふわしているようでいて、それは、名誉という一つの言葉によく、収斂されて、知られている。
三つ。騎士であれば殆ど誰もが、当たり前に、それこそ、息をするかのように当然だと思っていることだ。次を、そう、未来を育てる。前二つも、未来を守る、が為といえるかもしれないが、前二つとは明きらかに違う。前二つが、今から未来にかけてを守るものであるのならば、これは、たた純粋に未来が為。目に見えては分かりにくいものだけれども、実のところ、騎士にとって最も大切なもの。後継を育てる。未来に、騎士というものを紡ぎ続けていくために。
そう。だからこそ、私は最低の裏切者だ。
今でもどうして、相応しくない私を、これらが認めてくれているのか。
継ぎ目の無い異質な鎧。なんの変哲も無く見えて、魔法を真に斬る剣。
振るうつもりはない。
先ほど反省したばかりだ。
話の流れからして見せるのが自然だから見せただけだ。
私が学んだのは、剣の振り方だけじゃあなかった。
魔法使いと騎士。どちらも力持つ存在ではあるが、最も大きな違いは、それが魔法か物理かということではない。
個か、集団か。
それが何よりも大きい。
騎士としての才能というのは、ある一定のところまでは、剣の振り方に始まる瞬発的かつ柔軟な体の操作の仕方といった、個人の要素で収まる。
だが、それを幾ら極めたからといって、騎士は魔法使いに劣る。
騎士の剣は、手の延長である刀身の範囲しか、斬り払えないし、守れない。
まあ、投げる、といった選択肢も確かにある。それに武器は何も、剣だけではない。槍や弓だって、それなりの騎士であれば存分に振るうことができる。
だが、それだけだ。
一度の攻撃で薙ぎ払えるのは、せいぜい。三人程度が関の山。
だが、魔法使いなら? 範囲を攻撃する術を持つ魔法使いならば、数えるのも馬鹿らしくなる程。そうでなくとも、手の届かない範囲に容易に攻撃や防御を行える。点でも線でもなく、面で。それは、騎士が、武器を持って両手を広げた範囲なんてものとは比べものにならない。魔法使いであれば、目に見える範囲であれば、全て、基本的に有効範囲。
おかしい、と? おかしくも何ともない。魔法使いと騎士は同列に、建前上扱われている。そう。建前上だけでも。
そうさせているのが、魔法使いとは違って、騎士は集団として動くという考えを持つからだ。
魔法使いは力の多用性が故に、集団というのを形成しにくい。特に戦闘に関しては。互いの魔法の性質の把握が困難を極めるし、数が増えれば増えるほど、魔法同士の相性の問題など、問題の種類も数も質も膨れ上がる。
勿論、魔法使いの中でも、ごく一部の例外や、極まった者であれば、連携は可能だろう。だが、束ねられる総数は幾ら程だ? 片手を越えることすら難しい。協力するという考え方を持つ者であっても、互いが互いのことを知り尽くしてるような深い関係同士であっても、せいせい3人が限度。
騎士は違う。幾らでも束ねられる。軍団である。群体である。知らぬ同士でも、束ねられる。魔法使いとは違って、互いの差異は小さい。だから、多くの数を統率する術を知る者は、その知識を、あらゆる組み合わせの騎士の集団の中であろうとも、適用できる。
指揮官がいること。それによる、束ねられる力の総数の違いからくる、総力の違い。数を以て、騎士は魔法使いの雑多なる数多と釣り合う。
ザァァァァァァ――
話しながらも、周囲を観察していた。
小川の音は変わらぬまま。彼女も変わらぬまま。
変わらぬならば、続ける……だけだ……。
今から、嫌なことを話す。胸糞悪い話だ。それでも、いい、か?
こくん。
彼女は頷く。
頷かれたら困るのだが。できたら話したくないからだ。思えば、今の今まで、どうしてぺらぺらと、こんな話を私はしているのだろうか?
流れとはいえ。
流されやすすぎやしないか、私……。
こくん。
まあ、そう思うか……。私自身ですらそう思うのだから……。もしかして……、君の、仕込みか? ここに至るまで。
かくん。
そう不思議そうに首を傾げられても困るのだが……。
私もどう言ったらいいのか分からなくなってきた。
なに? じゃあ、思う通りに喋ればいい、って? 今まで通り? そりゃ道理だが。まあ、いい。続けよう。ドツボに嵌りそうで嫌だ。いや……今更、か。
この際、最後まで付き合って貰うぞ? そして願わくば、最後まで聞き終わったら満足して、私をここから解放してくれ。