儚く虚ろな闇色の瞳 Ⅰ
街の――外?
夜の闇だ。
先ほどまでのが、薄暗くもところどころを街灯で照らされた薄闇ならば、ここは星の光すら遠い、森の、中?
ザァァァァァァァ――
小川の流れる音が聞こえる。
すぐ、近くだ。
パシャッ、ザッ。
冷たい水。多分、澄んでいる。不快感は無いのだから。
鎧と剣を消した私は、掬った水で、顔を濡らし、頭を冷やしていた。
(何を、していたのだ、私は……)
最初に思ったことはそれだった。此処が何処だとか、不用意に飛び込んで転移の憂き目に遭ったことなどより、先ほどまでの、妙な熱狂は一体、何だったのだ、と。
故郷の、あの森とは違う。
あそこには小川なんて無かった。
……。郷愁に浸るような謂れは無い。
別の場所に飛ばされたか、何か幻に包まれたかのどちらか、だろう。
水に触れた感覚から、前者の色合いが濃くなっている。
もう、目も慣れた。
街などからは相当離れているのだろう。
星が、よく、見える。だが、生憎。星についてはてんで駄目なのだ。知識としては習った。元・師匠から。しかし、どれもこれもが同じに見え、位置も、意味も、それらを見えない線で結ぶ意味も、私にはてんで、わからなかった。
向いてないな、と笑われて、少し寂しそうにしてたのを、よく、憶えている。
……。
横になった。改めて――やはり、わからない。
樹冠は小さく、夜空は割と、広い範囲が目に映ってはいるが。
ただ、綺麗なだけだ。そこで私の感想は止まる。
目を、閉じてみる。
疲れはある。痛みも、残っている。
確かに――現実、だ。
技を振るい、業に酔っていた。らしくもない。あれは目的が為のものだ。泥を塗ったとはいえ、捨てられないもので、曲がりなりにも崇高なものだ。
それに――
(魔法が為の、園に私は来たのだろうが)
想起、する。
球形はたくさんみた。作り方も、放ち方も、わかった。だから、保ち方も、多分――
「留まれ、珠の光」
右手の人差し指。爪を目印に、その部分を直径とする、黄白い光の、小さな、珠。指から生えたような、爪とその裏を球状に覆ったような、珠。
「……。誰、だ……?」
泣き痕のある少女が、私の顔を、離れて見下ろしているのが、視界の端に見えたから、そう尋ねた。
顔を傾けて、少女を視界の中心に捉えた。そして、遅ばせながらに思った。
これは面倒事の気がする、と。
この場所の中心点が、彼女の中に、ある。魔力の起こりが、穏やかに続いているような感じがする。緩やかな波のように。
あの、学園の長。あのときに、私は、領域や結界の類の魔法の中心、発生源、中心であり続ける間の術者特有の波動。ぼかされていたが、確かに経験として知った。
加えて、先ほどまでの、あの、致命に至らないことを主としていくつかの恩恵と縛りのある領域。
……。
師匠、か? いや……。違う。あの人自体も、熱狂していたように思う。掛けたのは、別の人物。一体……。
「……。あぁ、まだいたのか」
少女は動きもせず、じっと、こちらを見たままだった。
ならば――凝視、した。
薄く、ぼやけていたが、なかなかどうして。そういう仕掛け、か。
この現象はこの少女の魔法であることは間違い無いということは、彼女の周りへと満遍なく、薄く、漏れ出して、広がっていっている、夜の帳のような色が微かに付いた、魔力の靄から分かる。
(……街の、夜。この子による、もの、か)
彼女固有の魔法だと思う。
そのような魔法、私は知らない。詠唱はない。私が至らないから、気づけていないだけだろうか?
どうやってこれは維持されている? 声なき声でも、その先、でも無さそうだ。
どう、なのだろう?
顔に答えでも、書かれてはいないだろうか?
こちらが向こうを見ているように、向こうもこちらを見ている。
大きな黒い目が、こちらを見ている。長い髪の毛が、中央と、両脇に分けられて、両の目がこちらを見ていた。
病人のような青白い肌色が、目元周りだけ、少し赤らんでいる。
睫毛は薄く、だからこそ、その大きな黒目は、こちらを吸い込みそうなくらいに、よく分からない圧といえばいいのか? そんなものがある。
そんなであるのに顔は小さい。鼻は高い。髪の毛から突き出た耳は、尖って、いる?
異様だった。しかし、不気味という訳ではない。少々、現実離れしている、といえばいいのか。
閉じた唇は、薄く、そして、色は、白に近かった。
ただ、星の薄光に、よく映える。そんな雰囲気の少女だった。




