始まりの園 夜遊ぶ雛たちの宴 Ⅴ
「まとわれ~、ふにゃっとする帯」
するるるるる、ぴとっ。
最初にダウンした、幼い者たちの内の一人が、少年に向けて、放っていた魔法。
遠くから、のっそりと。しかし、着実に、少年にそれは当たり、少年に、それをほどく手間を与えていた。先ほどから密やかに、少年に色々くっつけていたのはその者によるものであった。
他の幼い者たちはというと――
「ぐるぐるころがる、とんでいけええっ!」
「ぽよぽよはねる、どどんどん!」
傷だらけになりながら、立ち上がって、少年に、自身の身体の固さと形を変えて、突っ込んでゆくのが二人。残りの幼い者たちは、もう少年にぶちのめされて、耐久の限界を超えたのか、気絶して起きてこない。
殺意無いが故に、少年は他の年長者たちに対するのとは違って、容赦していたから、無駄に長引いている。
その合間合間に、忍んで距離を詰めてきていたり、堂々と距離を詰めてきていたりなんて関係なく、殺意持って、攻撃を放ってきたものたちを、砕き、潰し、沈めていた。
(数人単位の小集団ごとに攻めてくるようになっているだけ、まだまし、か。しかし、小集団同士が協力することも、合わせることもしない。魔法使いという人種はやはり、力を合わせるという考えをあまり持ち合わせていないのだろう。年を経るごとにその傾向は強まる、のだろうか? 馴染めるか、ますます不安になってきたぞ……)
何だかんだ、眠気の波が去ったらしい少年は思う。一部の年少者以外、知っているのだ、と。どれだけやってもここでは死なない、と。だからこその、覚悟なき、殺意。加減なき、躊躇なき、攻撃が飛んでくる訳だ。広範囲攻撃が飛んでこないのは恐らく、そういう制約が満ちている場である、ということだろうと判断する。
ぴりっ。
質が違う。脅威に足るモノを何か感じた。
「おや? 見に終始するつもりかと思っていましたが」
当てずっぽうだったが、当たりであった。少年は、気配も物音も、魔力の起こりも殺してきていた、背後、あと一歩距離を詰められたら、武器も含め、こちらの背に届く距離に迫っていた、自身の師匠に向けて、そう声を掛けた。
「乗ってきた奴らが想定よりも少ない上に、質が悪い。これじゃあ、お前の強さを垣間見ることすらできやしねぇ」
「十分では? 【鉄馬】相手の立ち回りも。対、人も今までので」
少年はそう答えながら、背後から飛んできた頭くらい大きな石を、飛んできた方向にそのまま、拳で弾くように、難なく弾き返した。
肉潰れ骨砕ける音に少し遅れ、途切れた断末の声。
「俺が見たいのは底だ。お前の強さ。その底が見たい」
「未だ貴方の脇腹に残る風穴では証明にならないですか?」
「俺が見たいのは魔法の腕じゃあ無ぇんだよ。"強さ"、だ」
と、頭くらいの柘榴石のこん棒のような杖を構え、
「【溶け爆ぜ残滓】」
ブゥオゥ、ブシャァアアアア!
少年の身体から、無数の古傷が、赤熱するような熱を放ち、破裂するように爆ぜた。
「ぐぐぐ、よぶびゃ、な、し、で、ず、ががあああああ!」
起き上がりながら、仕舞っていたはずの剣を既に抜き終えて、構えていた。
起き上がって、重体から軽症くらいに回復した、辛うじて息をして、辛うじて顔を上げ、各所で、敗北者たちが、少年と、この騒ぎの引き起こした張本人たるこの園の教師たる男との、先ほどまでとは位階の異なる闘いを、眺めていた。
ある者は、仲良い一人と肩を寄せ合って何とか体を起こしつつ、才あるとされた自分たちよりも遥かなる、隔絶された差に、悲嘆しそうになりつつも、何とか目は背けずにいる。
ある者は、幼いが故に、負けの苦しみよりも、派手さと圧倒的な迫力に、傍の者たちと白熱して観戦している。
ある者は、やはり自分はこの場所において新参者に勝てないくらい劣っているのだと、最初から隔絶している特異な少年との力量差すら測れていないのに、惨めったらしく泣き言をぶつぶつ。
まだ負けてはいないが、少年とまともに相対してもいない様子見する者は、何とか隙を伺っている。トドメの一撃だけでも自分の手によるものなら、倒した、といえるのではと目論んで。
負けてもいないが、闘わず負けを認めて、参考にしようと一挙手一挙動を集中して何とか捉えようとする者も。
色々ではあるが、乱入者は一先ずはいない。
「ほむら玉」
「『溶解者よ、その掌を想い出せ』」
声を出しての魔法。その裏で、声なき声で、別の魔法。少年に対して、男は大人げなく、加減せず、攻める。
(杖、か? いや、鈍器、か? 何れにせよ、道具頼りの威力では無いのは、この数発でだいたい分かった)
飛んできた火の粉をまき散らす、掌サイズの赤熱する鉄球のようなナニカを、弾くのではなく避けつつ、地面を強く蹴り、一気に、男への距離を詰め、少年は躊躇なく、剣を振るう。
(くっ、また、浅い。避けきらないのは、わざと、か? だが、魔力や魔法の増幅のためだったとしても、そう長くはもう、保つまい))
少年の剣は、難なく、男のローブを越えて、男の皮膚を切り裂く。
斬れた端から、灼けるように赤熱し、男の傷は塞がる。しかし、確実にそれは傷であり、ダメージである。
少年は着実に、自身の地力で、男のリソースを削りつつ、未だ力の底を見せない。下手をすればこのまま終わってしまいそうなくらいに。
周りの観戦者に成り果てた者たちは、少年のシンプルだが、どうしようもない強さと、場の天秤の傾きをそんな風に認識したいた。
ただ、周りと違って少年は、勝った気にはまだまだなれなかった。
(それでも、まだ勝ち筋は見えてはいない。こんなものでは無い筈だ。これだけなら、あの草原での【鉄馬】の群れや主の方がずっと怖かった)




